【マンガのおすすめ神回】オレでなきゃ見逃しちゃうね。の元ネタ『HUNTER×HUNTER』11巻 第96話「9月3日②」なぜその一言は読者の心を惹きつけてやまないのか。

※この記事は、あくまで筆者の個人的な考察や感想です。おすすめのマンガの面白さが伝われば幸いです。
「オレでなきゃ見逃しちゃうね」というセリフは、ネット上では面白い自虐やドヤ顔のミームとして消費されがちですが、原作漫画におけるこのシーンは、背筋が凍るほどのホラーサスペンスであり、冨樫義博先生の圧倒的な演出力が光る屈指の名場面です。
ご要望にお応えして、出典元の情報から、物語の背景、そしてなぜこのシーンがこれほどまでに読者の心を(そしてネット民の心を)惹きつけてやまないのか。

出典元とエピソードの基本情報

  • 作品名: 『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)
  • 収録巻・話数: 単行本11巻 第96話「9月3日②」および 第97話「9月3日③」
  • 舞台: ヨークシンシティ編(幻影旅団編)
  • 発言者: 幻影旅団団長・クロロを暗殺するためにマフィアに雇われたプロの殺し屋のひとり(※本名不明のため、ファンの間では「団長の手刀を見逃さなかった人」「手刀の人」などと呼ばれることも)

舞台はヨークシンシティの死闘

物語の舞台は、世界最大規模の地下競売(オークション)が開催される大都市ヨークシンシティ。オークションのお宝を根こそぎ奪うために暗躍する盗賊集団「幻影旅団(通称:クモ)」と、彼らにメンツを潰され、報復のために凄腕の殺し屋たちを世界中から招集した「マフィアンコミュニティー」の血で血を洗う抗争が描かれています。

主人公のゴンやキルアたちが独自の目的で動く中、マフィア側は旅団を殲滅するために、伝説の暗殺一家ゾルディック家のゼノ&シルバをはじめ、凄腕のプロたちを雇い入れました。「彼(手刀の人)」もまた、その選ばれし一流のプロの殺し屋のひとりとしてこの場に呼ばれていたのです。

読者でなきゃ見逃しちゃう、怒涛の展開が熱い

第96話「9月3日②」の展開

マフィア側が厳重に警備するビルに、幻影旅団の団長であるクロロ=ルシルフルが単身で潜入します。クロロは予知能力を持つ少女・ネオンに近づき、一瞬の隙を突いて彼女の首裏に手刀を打ち込み、気絶させる…。
周囲にいたSPたちは何が起きたのか全く理解できず、「ネオンが急に倒れた」としか認識できませんでした。
しかし、別室で監視カメラの映像を見ていた「手刀の人」だけは違いました。彼はビデオを何度も巻き戻し、コマ送りで確認しながら、画面越しのクロロに向かってこう呟きます。

「おそろしく速い手刀 オレでなきゃ見逃しちゃうね」

彼はクロロの異常な実力を見抜き、同時に彼から漂う「血の匂い」を感じ取ります。「仲間だ、お前は…。オレと同じ、殺人中毒者」。そう嘯きながら、彼は自身の得物であるナイフを手に取り、たった一人でクロロの待つ部屋へと歩を進めるのです。 読者はこの時、「いよいよ一流同士のヒリヒリするような死闘が始まる!」と固唾を呑んでページをめくりました。

第97話「9月3日③」の幕開け

しかし、続く第97話の最初の1ページ目を開いた瞬間、読者は言葉を失います。

そこには、宙を泳ぐ骨だけの不気味な魚…クロロの念能力「密室遊魚(インドアフィッシュ)」に肉体をむさぼり食われ、ボロボロになって壁にもたれかかる「手刀の人」の無残な姿が描かれていたのです。

激しい戦闘の描写は一切ありませんでした。「手刀の人」があれほど自信満々に放った言葉の直後、反撃すら許されずに致命傷を負わされていたという、絶望的な結末がそこにはありました。

彼は決して「かませ犬(雑魚)」ではない

このシーンが単なるギャグにならず、物語の深みを作っている最大の理由は、「手刀の人」が口だけの大口叩き(いわゆる雑魚キャラ)では決してなかったという点にあります。

彼は、作中最強クラスの暗殺者であるゾルディック家のシルバから、「仕事をやり遂げたら分け前をよこせ」と対等に近い口調で交渉されるほどの人物です。また、クロロの手刀は、プロの護衛たちが肉眼で見ていても全く捉えられないほどの神速でした。それを、粗い監視カメラの映像から(録画とはいえ)見切った彼の動体視力と「念」の基礎能力は、間違いなく超一流だったのです。

ネット界隈では「典型的なかませ犬」として扱われがちですが、本質は逆です。
「彼ほどの超一流のプロフェッショナルでさえ、手も足も出ずに一瞬で惨殺されてしまう」という事実を示すための、最高級のスケール(物差し)として機能しているのです。
彼の自信と実力に裏打ちされたあのセリフがあったからこそ、それをいとも簡単に凌駕するクロロの「底知れなさ」と「異次元の強さ」が、読者の脳裏に強烈に焼き付けられるのだ。

冨樫義博の「描かない」という天才的な演出

このエピソードの最大の凄みであり、漫画史に残る名演出と言えるのが、「二人の戦闘シーンをあえて1コマも描かなかったこと」です。

一般的なバトル漫画であれば、自信満々のキャラが主人公格の敵に挑む際、数発の攻防を描き、「ば、馬鹿な!俺の攻撃が全く通じないだと…!?」といったリアクションを描いてから倒されるのがセオリーです。 しかし冨樫先生は、第96話のラストで極限まで緊張感を高めておきながら、第97話の冒頭1コマ目で、すでに肉を食いちぎられている敗北者の姿を突きつけました。

「何が起きたのか分からない」 「どうやって戦い、どうやって負けたのかすら見せてもらえない」

この省略の美学は、ホラー映画の手法に似ています。
読者の想像力を極限まで刺激し、「見えない恐怖」を増幅させるのです。また、彼を食い殺していた「密室遊魚(インドアフィッシュ)」という念能力の性質(念魚が生息している間は、どんなに傷ついても死ぬことができず、痛みも感じない)の不気味さが、この敗北のシーンをさらに猟奇的で芸術的なものに昇華させています。

なぜネットミームとしてこれほど定着したのか?

連載から20年以上が経過した今でも、このセリフがSNSなどで毎日のように使われ続けている理由は、その言葉の「圧倒的な汎用性の高さ」と「絶妙な自意識のブレンド」にあります。
  1. 「マニアックな視点」を誇示するのに最適
    映画の隠し要素、ゲームのバグ、推しアイドルのMVの一瞬のウインクなど、他人が気づかないような細かな情報を見つけた時、人は「自分だけが気づいた」という優越感に浸りたくなります。その際、「俺の眼力すごいだろ」とストレートに自慢するのではなく、「オレでなきゃ見逃しちゃうね」という漫画のセリフを引用することで、ユーモアのオブラートに包みながら賢さ(オタク知識)をアピールできるのです。
  2. 結果的に「痛い結末」を迎えるというオチの共有
    ミームを使う側の多くは、原作で彼が直後に惨殺されることを知っています。そのため、このセリフを使うこと自体が「今はドヤ顔をしているけれど、本当は自分は大したことない人間(かませ犬)ですよ」という高度な自虐ギャグとして成立しているのです。この「自信満々+自虐」の二面性を持っていることが、ネットカルチャーにおいて非常に使い勝手が良い理由と言えるでしょう。

一つのセリフが内包する奇跡のバランス

「オレでなきゃ見逃しちゃうね」から始まる一連のシークエンスは、単なるネットの笑い話に留めておくには惜しすぎる、漫画表現の極致です。
  • キャラクターの「実力」と「限界」をたった一言で表現するセリフ回し。
  • ページをめくった瞬間に絶望を突きつける、時間と空間をジャンプさせるコマ割り。
  • 敵ボス(クロロ)の異常性を際立たせるための、完璧な舞台装置。
HUNTER×HUNTERという作品が、なぜ長年にわたって熱狂的なファンを生み出し続けているのか。その理由の一端が、この名もなき殺し屋の登場から退場までの短いエピソードに凝縮されています。
ネットミームとして笑って使った後、改めて単行本11巻を読み返してみると、そのヒリヒリとするような死の香りと、洗練されたプロットに背筋が凍るはずだ。

【今回のおすすめ漫画】HUNTER×HUNTER モノクロ版

父と同じハンターになるため、そして父に会うため、ゴンの旅が始まった。同じようにハンターになるため試験を受ける、レオリオ・クラピカ・キルアと共に、次々と難関を突破していくが…!?

著者:冨樫義博
出版社:集英社
掲載誌・レーベル:ジャンプコミックス