この片想いは切なくない!『胸が鳴るのは君のせい』はめげずに、負けない女の子の恋し続ける奮闘記

1番になれなかった選手は、フランス国民に最も愛されていた。

 フランスの有名な自転車ロードレース:ツール・ド・フランスには、『永遠の2番手』の愛称で知られ、伝説的な人気を誇った選手がいる。

 1960年~70年代に活躍し、8回という史上最多の総合表彰台記録を持ちながら、傑出した才能の好敵手に阻まれ、マイヨ・ジョーヌ(個人総合成績1位の選手に与えられる黄色のリーダージャージ)に袖を通したことはない。

 しかし、フランスの日刊紙による国民投票では、ツール史上最も愛された選手として堂々の1位を飾り、83歳でこの世を去った今も、国民の胸にその雄姿は輝き続けている。

挑み続ける姿は美しい。

 勝敗が全てではない。敗北を喫しても何度でも立ち上がる――、その姿こそが人を惹きつけるのだ。

 この物語は、好きな男の子にフラれても、ひたすらにハンドルを握り、ペダルを漕ぎ続ける、乙女の戦いの記録なのです。※なお舞台は日本であり、自転車は出てきません。

つまり片想い!負けるな!ガンバレ!!女の子!!
 2021年6月に実写映画が公開、その原作としてふたたび注目を集める『胸が鳴るのは君のせい』。
 真っすぐに走り続ける一途なヒロイン:つかさの全力の片想いを、手に汗を握って観戦しよう!
「絶対両想いだって、卒業前に告白しちゃいなよ!」
 主人公である篠原つかさは高校受験を控えた中学3年生。もうすぐ卒業というタイミングで、2学年時に転校してきた有馬隼人ありまはやとに想いを告げるか迷っています。
こちらがつかさの恋する有馬くん。仲良くなったきっかけは、自己紹介の際に彼が言った「いい名前じゃん」という一言。男の子のような名前がコンプレックスのつかさにとって、初めての言葉だったのです。
 気が合い、常に仲の良い二人は周りから見ても似合いのようで、「両想いだから、告っちゃいなよ!」と、友人からも背中を押されるつかさ。
 志望校の合格通知を受けて、いよいよ有馬に告白するのですが――、
「ごめん、つかさのこと、そういうふうにみたことない」

 かけがえのない友人ではあるけれど、彼氏・彼女の関係としては意識したことはない。つかさの想いは有馬に受け入れてはもらえなかったのです……。

✔それでも片想いはやめられない!

作者:紺野りさ先生の冒頭の挨拶文が素敵。
 コミックス冒頭には、紺野りさ先生の温かみある手書き文字で、巻数を跨いでの初の長編作品への意気込み、読者への感謝がページいっぱいに綴られています(私はもうこれだけで紺野先生のことが好きになってしまいました)。
 さらには作品の内容にも触れているのです。

 “男の子と女の子が、出会い、互いに惹かれて付き合う――、ときめく鉄板シチュですが、実際はそうはいかない(笑)! 告白なんてできない、告白したけどうまくいかない、そんな「片想い」のままならない、でもやっぱりやめられない良さをお届けできたら嬉しいです”(一部編集)


 「片想いの良さを届けたい」。そう 先生が語るように、本編でも、恋敗れながらつかさは、有馬への想いを深めていくことになります。

なにしろこの作品、結構いろいろなことが起こる!
告白の翌日、つかさが登校すると、教室に心無い中傷が!それを見た有馬は、つかさをかばい、思わぬ行動に出ます。
 世の少女漫画には、電話を掛けるまでに3話使うスローライフもあれば(それはそれで好き!)、展開が早すぎて両ページを開いた画面構成が絵巻物になっているものもある(これはこれで好きぃ!)。
 『胸が鳴るのは君のせい』は、二人の関係こそ膠着するものの、つかさの周りでは様々な出来事が起こります(これが忙しなくて面白い!)。
 その中で常に自分を信じ、味方でいてくれる有馬の存在に、つかさは何度でも惚れ直し、恋し続けてしまうのです。

「あたし、やっぱり有馬のことが好き!」
想いを手放せないからこそ、負けない、めげない、あきらめない(こう書くとまるで標語のようだ)。つかさは頑張ることを決めます。

✔一途な想いに揺れる、有馬の気持ち

「前進するためにも、ダメな理由を教えてよ!」
 晴れて同じ高校に進学したつかさと有馬。好きだから、あきらめたくない。関係を変えていきたいと、つかさは有馬に自分をどう思っているのかたずねます。
わかってはいたけれども、なんとも手厳しい感想!
 有馬に男友達の扱いを受けてしまうつかさですが、めげずに前進あるのみ!
 そんな風に恋の自転車を漕ぎ続ける彼女は誰の目にも留まるようで、つい、構いたくなるのが人情ってもんでして。

「頑張ってるね、つかさちゃ~ん」
 同学年で隣のクラスの男子:長谷部泰広は、初めは面白半分に、不毛なつかさの恋をからかいます。
 けれどもまっすぐなつかさの想いに接していくほどに、彼女を見る目がだんだん変わっていってしまうのです。
ちょっとチャラララな感じの長谷部くん。そんな彼だからこそ、真っすぐに一人を思い続けるつかさがつい気になってしまうようです。
「友達に変なのが絡みそうだったら、止めるだろ」
 つかさに構う長谷部を見て不安になるのが有馬。お人好しで、世話焼きなつかさが遊ばれないかと、つい心配に。
 しかし、長谷部には、「フッたんでしょ?“友達”がつかさちゃんの周りにまで口を出す権利なくない?」 と、両断されてしまいます。
登場時は軽薄な印象の長谷部くんですが、話が進むごとにどんどん印象が変わり、こちらも応援してあげたくなってしまいました。

✔想い続ける、恋の行方は?

「ちょっと親しい程度のあんたが、彼女になれるわけないじゃない」
 何やら、恋と向き合うことに消極的な有馬。その原因はどうやら彼の過去にあるようです。
 その過去を知る、中学時代の有馬の元彼女である、美少女:麻友も登場。
めげないつかさを、イイ感じに煽り、想い続ける決心を揺さぶります。さて、つかさの片想いはどうなっていくのでしょう?
断言しましょう。ライバルの女の子が映える作品にハズレはありません!傑出した才能の好敵手がいてこそレースは盛り上がる!麻友~~!その悪い顔素敵~♡
こんなに頑張ってるつかさが最後に泣くところなんて見たくない!という読者の皆様。安心してください。
 「そうゆうふうにみられない」と、一度はフッた有馬ですが、あきらめずに「好き」をぶつけてくるつかさの想いを受け止める内に、その心情には変化が表れていきます。
 さらには麻友との関係を通して気持ちを整理し、恋を意識するように――?
つかさの恋は不毛?有馬に脈はない……?いいえ、これは毎秒およそ20回といわれるキツツキのドラミングくらい激しく脈打っています!
 どんな過去があったって、前に誰と付き合っていたって、例え振り向いてくれなくても!
 「本気で頑張っちゃうよ」と、あきらめないつかさの姿は。全国の恋する女の子へのエールにも思えます。
 元気いっぱいでまっすぐな「切なくない」片想いの奮闘記。本気で走り続ける先にはきっと栄光のゴールが待っているはずです。

余談ですが、紺野りさ先生はストーリーの構成力が大変高く、2巻に収録されている完結読み切りがこれまた熱くておススメです。

▼ 作品情報 ▼

胸が鳴るのは君のせい

著者:紺野りさ


(C)紺野りさ / 小学館