ひとつ、真実に辿り着くほどに闇は深くなる。本当の在処を探すクライム・サスペンス『クジャクのダンス、誰が見た?』

心理学モデルの一つとして広く知られる、ジョハリの窓(Johari Window)
 ジョハリの窓はアメリカの心理学者ジョセフ・ルフトと、ハリ・インガムが1955年に発表した「対人関係における気づきのグラフモデル」が基になった心理学モデル。
 自己と、他者から見える四つの自分を区画して分析することで、より自己理解を深められるといわれています。
  
・自己と他者が共に認識している、開放の窓。
・他者には開示していない、秘密の窓。
・他者だけが知る、盲点の窓。
・そして自己も他者も知り得ない、未知の窓です。
  
 その割合は人それぞれかもしれませんが、見方によっては4つの窓の内半分は、未知の自分であり。裏を返せば親しい誰かと対峙するときも、その半分は隠されているといえるのかもしれません。 
 「このマンガがすごい!2024」オンナ編4位に抜擢された話題作『クジャクのダンス誰が見た?』。
 同作は、そんな視点によって見え方の変わる人間像が、重なるほどに闇を帯び、本当が何かを見失っていきます。
 けれども、その蠢く根底には人間らしい弱さがあり、強さがあり、温もりさえも垣間見える。バランスが……上手い!
  
 卓越した人物観察と日常描写が光る『イチケイのカラス』の作者である浅見理都先生が挑戦する、本格クライム・サスペンス。
 まるでジャングルの奥地を巡るような、真実を探す冒険の始まりです。

開放の窓:誰よりも知る父の死

ラーメン屋の屋台で父と過ごすクリスマスイブ
 ストーリーは主人公である大学生の山下()(むぎ)と、父・春生(はるお)の何気ない晩餐の場面より始まります。
 行きつけのラーメン屋で春生と背中を並べて大好きな麺をソバソバ啜る心麦。冷え込む師走の夜と熱々の醤油ラーメンスープの描写が上手すぎて、まるでグルメ漫画のようです。
 もうね、ずっとこんな空気がいい。
 しかし、同作は本格クライム・サスペンス。
 そんなやさしい日常は一夜にして一変してしまいます。
  
放火によるアパートの全焼と父の死
 ラーメンを食べた後、一人映画のレイトショーを観て、遅くに帰ってきた心麦が自宅のアパートに戻ると、その建物は恐ろしいほどの炎に包まれていました。
 そして先刻まで笑い合っていたはずの春生が、不幸にもその火災に巻き込まれ、死亡していたことを後に知らされるのです。 
 突然の不審火の裏には放火犯――つまり、父を殺した犯人がおり、その容疑者はすぐさまに逮捕されました。
 その人物は、警官であった山下春生と思わぬ因縁のある人物だったのです。  

秘密の窓・託された手紙

放火犯は、かつて父によって検挙された犯人の「息子」 
 心麦の父である春生は現役の警察官でもありました。
 彼が関わった有名な事件が、「東賀山の一家心中殺人事件」。
 6人もの家族が縛られた状態でらせん階段に首を吊るされ死亡した。その残忍な事件の犯人として、検挙された後死刑となったのが犯人である遠藤力郎であり、その息子である遠藤友哉が――、今回の放火殺人の容疑者として逮捕されたというのです。
  
 知らない父の一面
 放火殺人をきっかけに、春生と容疑者遠藤友哉の因縁を知り、当時の事件を調べた心麦は自分には見せなかった「警官としての父の仕事」、その現場の凄惨さに慄然とします。
 そして春生が心麦に隠していたのはそれだけではありませんでした。 
春生は自分が殺されることを知っていた?
 傷心も癒えぬまま、何気なく心麦が足を運んだのは、父と行きつけた「おじさん」の店、屋台のラーメン屋です。店主は既に春生の死を知っており、心麦を気遣いながら「イブの夜に春生さんが書いていた手紙を預かっている」と分厚い封筒を渡します。
 その中から出てきたのは300万円という大金!
 そして、同封の手紙には心麦に向けた愛情深いメッセージが綴られ、さらには思わぬ願いが続いていました。
  
 「もし、自分が殺されたとして、以下に挙げる人物が逮捕・起訴されたとしたら、その人は冤罪です」
 春生の手紙には、まるで自分が殺されることを覚悟しているかのようなメッセージが綴られており、“以下に挙げる人物”のリストには遠藤友哉の名も記載されていたのです。 

盲点の窓・見えないダンス

ジャングルの中で踊るクジャクのダンス、誰が見た?
 突然の放火による春生の死。
 その容疑者である遠藤友哉と、春生には思わぬ因縁があり、春生の遺書には「遠藤友哉が逮捕・起訴された場合は冤罪である」と書かれていて――、混乱する心麦はふと、自分の幼少のころを思い出します。
 父子家庭で育った心麦は、クラスメイトが大事にしていた「ママのスカーフ」がズタズタに裂かれていた際「心麦ちゃんが嫉妬してやったんだ」とあらぬ誤解から、罪をなすりつけられたことがありました。
  
 そのことを泣きながら春生に話したときに、春生は「クジャクのダンス」の話をします。
 ジャングルの中でクジャクを踊っているのを誰も見ていなければ、それは存在していないことと同じなのか?
 その言葉の問いに、「結局自分からは逃れられないんだよ」と春生は言います。 
 裂かれていたスカーフの犯人が自分じゃないことを父、春生が信じてくれたように、心麦は父の手紙を信じたいと。そしてもし真犯人が別にいるのなら、その人を見つけたいと思うのです。

未知の窓・答えを求めて

同作を手掛けるのは浅見理都先生
 浅見理都先生は前作では裁判官の日常をときにコミカルに、ときにドラマに描いた『イチケイのカラス』を手掛けており、その人物や日常描写の巧みさは本サイト「ソクマガ」でも紹介させていただいたとおり!
 裁判官という遠い存在の彼らに共感を覚える構成の上手さに加え、根底に明るさを感じる作風が個人的に「推し」でもありました。
 そのため今回これほどにも面白く、奥深いクライム・サスペンスを手掛けられていることに驚き、作家としての底力に目を見張ります。
葬儀当日からお金のムシムシ無心をする叔母が個人的には一番怖いっす。
 放火殺人を皮切りに、かつて因縁のあった凄惨な事件が浮かびあがる『クジャクのダンス、誰が見た』ではえぐみのある人間の仄暗い一面が描かれることも。
 しかし同時に絶妙に息が抜ける、浅見理都先生のやわらかい日常の描写や、ふとした瞬間に個性が際立つキャラクターたちにも是非注目してほしいと思います。
からあげがまた最高ですね。
私の一推しは松風弁護士のアシスタントして働く波佐見くん。自分の写真をLINEスタンプにしています。怖、だがそこがイイ。
ガールミーツ弁護士
 父を信じ、放火犯の容疑者として逮捕された遠藤友哉の冤罪を晴らすために――、心麦が訪ねたのは父の手紙に書いてあった弁護士松風(まつかぜ)(よし)(てる)の事務所でした。
 ところがどっこい、肝心の松風はこの反応。 
春生との面識はまるで無いと言います。
 しかし、巻が進むにつれ、何故春生が松風を指名したのか。そこに潜む理由を掠めるような絶妙な場面が展開されていくのです。
 もう、純粋に続きが気になる!
  
未開のジャングルへの冒険
 それにしても主人公の心麦ちゃんときたらアーモンドのような美しい吊り目、ミヒャエル・エンデの『モモ』を思わせるオーバーサイズのコートに癖のある髪というなんとチャーミングな造形でしょう。
 それでいて猪突猛進で危うげな彼女に、気がつけば、松風も読者も謎めく密林の奥地へと誘われて行きます。 
 まだ知らぬ人の一面が重なり合うことで、思わぬ像が浮かび上がる。
 『クジャクのダンス、誰が見た』は間違いなく、すごいマンガのようです。 

▼ 作品情報 ▼

クジャクのダンス、誰が見た?

著:浅見理都


(C)浅見理都/講談社