切なくて面白くて……コワい!常世と異様が交じわる『青野くんに触りたいから死にたい』は臨死する青春・ラブストーリー!

WEB上で「狂気」と話題!異才が描く青春・ラブストーリーがただごとじゃない。

 もはや後戻りのできない局面で使われる「帰還不能点:point of no return」とは本来は航空用語なのだそうです。
 飛行機が出発地へ戻るまでの燃料が無くなり、引き返すことのできない状態。同じような感覚を作品に触れているときにも覚えることがあります。

 つまり、深く恋に落ちるように、話にハマって抜け出せなくなる。

「どうして天国があるなんて思うの?」
 キャラクターの気持ちがわかる、絵が可愛い、心を揺さぶられる。琴線はひとそれぞれですが、『青野くんに触りたいから死にたい』を読んでいて感じる感情はちょっと特殊です。

「可愛いくて、面白くてエモい!」
「エッチなのに、むっちゃ笑った」
「怖すぎて、狂気を感じる」

 SNSを検索すると様々な悲鳴(?)が飛び交う同作は読むと、確かに感情が乱高下し、コントロールを失います。
 しかし、唯一無二ともいえる新鮮さに、気が付けば後戻りができなくなっている……。
 2022春にはWOWOWでのドラマ化も決定し注目度も急上昇。コワくて、切なくて、降りてこられない。
 ただ事ではない臨死する青春・ラブストーリーの開幕です!

もう、この世界にいない“君”に恋をする。
 高校2年生の青野龍平くんは、さわやかな印象の男の子だ。人当たりが良く親切で、クラス違いの図書委員刈谷優里の落とした本を拾い「手伝うよ」と気遣える。
 一方であまり話したことがない優里の告白を受け入れて、とりあえずで付き合い始める軽やかさと、他人に対して広い間口を持っている。そして――、

「昨晩2年C組の青野龍平くんが、交通事故で亡くなりました」
 はい、初っ端からネタバレで恐縮ですが、冒頭わずか15ページで恋仲である青野龍平くんは亡くなってしまうのです。

✔天然で不思議な優里ちゃん

足を置く地面が違っても“君”の側にいる。
 本作の主人公である刈谷優里ちゃんは天然で、ちょっと変わった女の子だ。6月になってもクラスメイトに名前を憶えてもらうことができず、友人はなく、いつも独り。
 少し話しただけでクラス違いの青野龍平くんに恋をして、告白。付き合い始めてわずか2週間しか知らない彼の訃報を聞き、後を追って自殺までしようとする。
青野くんのいない世界なんて生きていけない!と、カッターを片手にギターを掻き鳴らす(干支は亥かな?)なんというエモーション!落ち着いて優里、読者の私が着地できない。
優里の自殺を止めたのは、幽霊になって現れた青野くん。
 優里の行動を制した、青野くんは、「君の側にずっといるから、死ぬなんて言わないで」と彼女を説得します。
 そう、この作品は幽霊になってしまった青野くんと、生きている優里ちゃんの決して触れ合えない恋物語なのです。

✔芸術的ともいえる卓越した演出

そんなあらすじも気になるけれど「読んだ後一人でトイレに行けるのか」、本当に知りたいのはそういうところですよね。
 本作の熱狂的なまでの人気の理由の一つが驚異的に優れた“異様”の描写です。
 幽霊の恋人と、生きている優里。彼岸と此岸を行き交う本作だからこそ、突然シャッターが降りるように暗転し、見事な手腕で「この世のものではない世界」へと読者を突き落とします。

 しかし!
 安心してください、私もホラー作品に耐性はありません!

 特に苦手なのは、ビックリ系やスプラッター系に代表されるような「読者を怖がらせる」描写。
 そんな私でも本作を読むことができたのは、作者である椎名うみ先生が読者を怖がらせるのではなく、「怖いものの向こうにある熱源や、人の業を描く」ことを目的としているからかもしれません。

注目すべき演出・構図の完璧さ。
 死の世界を描く『青野くんに触りたいから死にたい』では、激しい流血や暴力、残虐描写はありません。
 むしろ怖い表情や描写は見せない。しかし、それが却って読者の想像力を刺激するのです。

 美しくもどこか歪を感じるアンバランス。状況の全てが見えるようで、決して核心を見せない構図に、怖がりの私ですら「もっと見たい」と欲を掻き立てられてしまいます。

圧倒される世界観に、ページを捲る手が止まらない。
 などとつい色々書いてしまいましたが、怖い話が苦手な方にも本作を勧める理由は、「話が面白い!」に尽きます。多少描写が怖くても展開から目が離せない。それなら怪異なんてなんのその。

そのようなわけで、私は今日も一人でトイレに行け……るのです!

✔怪を解き、交わる世界

 死んでしまってから(死んでしまったからこそ?)青野くんの様子がおかしい。ときおり彼が別人のようになってしまうのは何故なのか。
 作品が進むにつれ優里、青野くんを取り巻く怪異に様々な人間が交わっていきます。

オカルトマニアの堀江美桜みお
 優里のクラスメイトであり、不登校で引き籠りの美桜。オカルトマニアである彼女は優里がプリントを届けたのをきっかけに、優里、そして青野くんと関わっていくことになります。
こんな美少女ですが、絶対に家宅捜索は受けられない!しかし、彼女の豊富な怪異への知識が青野くんの謎を解くヒントになっていくのです。
青野くんの級友である藤本雅芳
 藤本は、初めはちょっといけすかないけれど、こらえて読み進めてほしい、本当にいい男である(説明終わり)。
私は藤本を推します。
 面白いのは、青野くんの死をきっかけに、孤独だったそれぞれの世界が交わっていくことです。
 級友でありながら、生きている間どこか青野くんとわかり合えなかった藤本、世間を拒絶する美桜、独りだった優里。
 同じ問題に向き合うことで三様のまなざしで青野くんを見つめ、その怪を解いていく。交わることで成長していく三人の青春も見どころなのです。

✔生きていても、死んでしまっても、誰かに受け入れられたい

“キー”となる「入れて」という言葉
 『青野くんに触りたいから死にたい』では、「入れて」という言葉の使い方が印象的です。自宅に誰かを招く。扉を開けて呼び寄せる。体や心の内に相手を引き入れる。
 「入れて」という望みの裏には、世界から追い出された孤独のようなさみしさが感じられます。

生きている人間だってさみしくってあたためてほしい
 さみしさは、死後の世界に限った話ではありません。疎外感を感じること、わかりあえない虚しさ。作中では生死にかかわらず多くの人物が孤独で、誰かに受け入れられることを望んでいます。
 それは物語を読む私たちにとっても縁遠い悩みではないのです。
私に悲鳴を上げさせたのは怪異ではなく、優里のお姉さま(生身↑)です。ツーバスドラムを構えて「ダン!ダン!ダン!」と力強いキックでビートを刻む彼女の登場場面は必見。今日もステージがよく燃えています。
もう、触れられない“君”に惹かれていく。

 本作の主人公である刈谷優里ちゃん。天然で、感情のままに生きていて、今の言葉で言うならばちょっとイタイ。
 本作を読んだとき、この子の気持ちに寄り添っていけるか不安になり、一方危なっかしい様子から目が離せませんでした。
 しかし、巻を追うごとに明らかになる彼女の特殊な家庭事情や境遇を知り、真っすぐに向ける愛情としなやかな強さに触れる内、気がついたら私も彼女のことが好きになっていたのです。
 もしかしたら、青野くんと同じように。
 怖いのに切なくて、君のことをもっと知りたい、触りたい。もう引き返すことができなくても。
 足を置く地の異なる二人の行く末はどうなっていくのでしょう?
 読みだすと止まらない展開の良さ、無二の世界観。椎名うみ先生の驚異の才能に感情をないまぜにされてみてください。
 どうぞよいフライトを。

▼ 作品情報 ▼

青野くんに触りたいから死にたい

著者:椎名うみ


(C)椎名うみ/ 講談社