魔王討伐後の世界を描いた『葬送のフリーレン』は、悠久を生きるエルフが見つめる、人の生と死、さらにその先の物語。

主人公は魔法使い。『葬送のフリーレン』は、魔王討伐後のセカンドライフを描く。

 私には、学生時代からの気の置けない友人がいるのですが(この人を仮にAさんとしましょうか)、大の漫画好きでもある彼女から、先日メールが届いたのです。

『葬送のフリーレン』もう読んだ?
 めっちゃええで!第1話の完成度が高くて泣いたわ。でも、勇者がもう出てこんと思うと悲しくてな、まだ続き、読めてないわ……。


続き、読めてないの!?
 確かにこの作品に出てくる勇者ヒンメルはとっても格好いい!魔王討伐を終え、もう彼の出番がないと思うと悲しいよね。でも、
A子、それめっちゃ勿体ないぞ!

 君は勇者ヒンメルのことを、ちゃんと知ろうとするべきなんだ!そう第一話にて「彼のことを、“人”をもっと知るべきだった」と、後悔して泣く、長命なエルフであり、この物語の主人公である魔法使いフリーレンのように……。
 週刊少年サンデーで連載中の『葬送のフリーレン』。
 同作は「マンガ大賞2021」では大賞、第25回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)では新生賞に選ばれ、コミックスわずか4巻で累計200万部を突破する超人気作です。

 SNS上でも話題を呼び、公式サイトでも導入の数話が公開されているため、A子さんのようにその後の展開が気になっているという方も多いのではないでしょうか?
 完成度の高い世界観が評価されながらも、深みのあるテーマゆえに解説が難しい。そんな本作の魅力を気合を入れて紐解いていきたいと思います!

10年の旅を経て、魔王を打ち倒した4人の仲間たちが凱旋する。
 剣と魔法の冒険譚が描かれるファンタジーの世界。その多くの物語には、倒すべき魔王の存在があるものです。
 しかし、『葬送のフリーレン』では魔王の討伐を果たし、長い旅を終えた4人の仲間たちが王都へ凱旋することから始まります。

 勇者ヒンメル、戦士アイゼン、僧侶ハイター、そして、物語の主人公である魔法使いフリーレン。魔王討伐の悲願を果たすために、彼らに流れたのは10年もの長い時間ですが、「短い間だったね」と、フリーレンはいうのです。

10年の冒険は、彼女の生きた人生の100分の1にも満たない。
 実は彼女は長命で知られるエルフ族の魔法使い。
 まだあどけなさの残る少女のような風貌をしていますが、既に1000年以上の長い年月を生きており、仲間たちの中でも最も「お姉さん」にあたります。
生きた人生の100分の1ということは、人の20歳であれば73日、30歳であれば109日ほどにあたります。まだ、見た目は少女ほどのフリーレンにとっては、どれほど短い時間なのでしょう?いずれにせよ彼女はこれからも、想像がつかないほど長い人生を送ることになるのでしょう。
かつての仲間の老い、そして死。
 10年も、50年も、瞬く間に過ぎていく彼女にとって人の生のなんと儚いことでしょう。
 冒険を終え、50年後にヒンメルと再会したフリーレンは、人間である彼にとっての50年が決して短い月日ではないことを改めて知ることになるのです。
冒険より50年の月日が流れ、格好良かった勇者ヒンメルもすっかり好好爺となり、老衰によりその生涯に幕を下ろします。その一方でエルフであるフリーレンは、まるで時が止まったように変わりません。
 かつての仲間の老い、そしてあっけなく迎える永訣。フリーレンは葬儀場でヒンメルの死と向き合います。

 「たった」10年の間。
 それでもかけがえのない時間を共に旅をした彼のことを何も知らなかった、知ろうとしないままヒンメルを失い、フリーレンは初めて後悔するのです。
 辺境の森で一人で暮らしてきたフリーレンは、ヒンメルとの別れをきっかけに「もっとちゃんと人間のことを知りたい」と感じるようになります。
 そして魔王討伐より50年を経て、彼女の人を知るための旅が始まるのです。

✔新たな仲間と共に“天国”を目指す

アイゼンは行き先を示し、ハイターはその道を照らす。

 ヒンメルの死をきっかけに新たな旅路へと向かうフリーレン。その背を押してくれるのは、魔王討伐の10年を共にしたかつての仲間たちです。
 戦士アイゼンは死者と対話の記録した「フランメの手記」を見せ、天国にいるヒンメルの魂ともう一度話すよう、フリーレンを導きます。

 その旅路を照らし共に歩める弟子を持つように、僧侶ハイターはフリーレンに自らの養女を託すのです。

僧侶ハイターに託された魔法使いの弟子フェルン
 戦災孤児であり、ハイターの養女となったフェルン。感情に乏しい彼女も、フリーレンと旅をすることで変わっていき、生きる目的を見出していきます。
 同時に最も身近な弟子として、フリーレンに「人間」を教えていくことにもなるのです。

戦士アイゼンの勇気を継ぐ、斧使いシュタルク
 フェルンに続き、フリーレンたちの仲間に加わるシュタルク。臆病でときに頼りない彼も、旅を通じて勇気を持ち、強敵に立ち向かう戦士として成長していきます。
 同じ年頃のフェルンとは最初はすれ違うものの、共に過ごす内にその距離は縮まり、二人の関係はときにもどかしさを感じさせるものに。
 そんな読者の心を代弁してくれるのが僧侶ザイン
 卓越した才能を持ちながら(ツッコミの冴えも含む)、旅立ちの機会を逃してきた彼は、フリーレンにそのきっかけを与えられることになります。
 大陸の遥か北の果てにある、死者の魂の眠る地オレオール。この世界の人々が天国と呼ぶその場所は、かつて魔王城が座した地に存在する。
 フリーレンは新たな仲間たちと共に、かつてヒンメルと旅をした10年の軌跡をたどることになるのです。

✔1000年後に続く教え、久遠の愛

今もフリーレンを守る、1000年前の師の教え。

 魔王城跡地を目指す道中には様々な危険が待ち受けています。
 フリーレンに戦い、生きる術、そして魔法を教えたのは、彼女の師であり、魔法史に登場する伝説の大魔法使いフランメでした。
 長命であるフリーレンと、フランメの出会いは1000年も前のこと。
 物語における現在、人間であるフランメは既に故人となっているのですが、今も世に残る「フランメの手記」にてフリーレンを導き、かつての教えが彼女を守り続けます。
 そして、フランメが晩年に授けた「綺麗な花畑を出す魔法」は、フリーレンにとっても大切なものになっているのです。

かつての旅の約束は、50年後に果たされる。

 50年前にヒンメルと共にした魔王討伐の旅路でも、フリーレンの「綺麗な花畑を出す魔法」は忘れえぬ思い出の一場面を紡ぎました。
 フリーレンの魔法を見てヒンメルは喜び、自分の故郷に咲く「蒼月草」の花をいつか見せてあげたいといいます。
「君が、未来でひとりぼっちにならないように」

 ヒンメルの死後、魂の眠る地を目指して10年の旅を再び繰り返すフリーレン。その道中にて、ヒンメルたちと過ごした日々を思い出します。
 ヒンメルと共に救った村や町で、彼の意思や想いを継ぐ人に出会い、彼が生きた軌跡をなぞる。

 その中で、ヒンメルは自分の死後もフリーレンがさみしくならないよう、心を砕いていたことを思い返します。
 かつての彼の何気ない行動の意味を知り、久遠の愛情に気付いていく。それは追憶であり、邂逅ともいえるのかもしれません。

 死を超えてなお深く、フリーレンはヒンメルのことを知り、その魂と会話を重ねていくのです。
「蒼月草を見せたい」というヒンメルの約束は、長い年月を経て果たされたのです。

✔命を超えて、その先にあるもの

50年ごとに流れる半世紀エーラ流星
 本作では年月の流れに合わせて描かれる、天体・星の巡りが印象的です。
 魔王討伐の年、夜空には無数の星が流れました、50年ごとに現れる半世紀エーラ流星です。
 現在、物語では魔王討伐より50年が経ち。その後の勇者ヒンメルの死より、さらに30年の時が流れています。
 次に流星群が訪れる頃、新たな旅の仲間たちは20年の歳月を重ねるのです。

 かつてヒンメルたちと見上げたこの星を、フリーレンは誰と、どんな風に見るのでしょう?
 本作を読み、ふと2012年に太陽系を離れていった無人宇宙探査機「ボイジャー1号」の記事を思い出しました。

 「ボイジャー1号」は、米航空宇宙局より1977年に打ち上げられ、今も彼方へ向けて時速約6万キロの速度で移動を続けています。
 次に同探査機が恒星の近くを通過するのは、4万年も先のこと。それまで人類が存続している保証はありません。
 しかし、「ボイジャー1号」には日本語を含む世界55か国語の挨拶や音楽などの記録が搭載されており、人が生きた証はその死を超えて、遥か未来へと繋がれていくのです。

 一人の一生では負いきれない時間の積み重ねを背に、私たちは生きているように感じます。

 「あなたの記憶も、私が未来に連れて行くからね」と、旅先で会う人にフリーレンは語ります。
 悠久を生きるエルフの視点から人の死生観を描いた『葬送のフリーレン』。
 短くも長い私たちの一生、何気ない日々が、かけがえのないものであることを教えてくれる、本当に素晴らしい作品です。

▼ 作品情報 ▼

葬送のフリーレン

原作:山田鐘人 / 作画:アベツカサ


(C)山田鐘人・アベツカサ / 小学館