新説は“推す”のも命懸け!常識を覆す「地動説」の証明に奔走する市井の人を描いた傑作!『チ。―地球の運動について―』

無数の出来事を簡潔にまとめる歴史の中で
 小学校に入学したばかりのとき。
 初めて手にした歴史の教科書は、絵が多くてカラフルで、知らない時代や遠い国の色々なことが書いてあり、胸躍るものでした。
 ページをパラパラと捲れば何万年もの膨大な時間が瞬く間に過ぎ去っていき、今へと到る。

 世界史、日本史、人類史を読み解くとき。その1冊の本の厚さはどれくらいになるでしょう?
 どれほど細やかに記してあったとしても、歴史的な事件の陰に埋もれた無数の“人”の全てを救い上げることはできません。
 何しろ彼らの記録は無いのです。

でも、果たして本当に、何も残っていないのでしょうか。

私は今、1500年前のもの人物の詩を見ている。
……何故なら、こうやって伝え書き残した“誰か”がいるからだ
累計売上部数250万部!
第26回手塚治虫文化賞マンガ大賞。
第14回、第15回、このマンガがすごい!2022
など数々の賞を受賞している本作、『チ。―地球の運動について―』。
 2022年夏にはマッドハウスによるアニメ化制作も決定し、さらなる注目が集まる――、一方でその魅力は決して一言では表せません。
『チ。―地球の運動について―』は、すなわち地が動く「地動説」の証明に命を懸ける、15世紀の人々を描いた物語。
 なのですが!
 一度読み進めれば、それだけでは語り尽くせない熱量と驚きと、感動との出合いに満ちています。
 正しさとは何か? 知るとは何か? 時代に埋もれて生きることに喜びはあるのか?
 様々な重みあるテーマをストーリーに乗せた叙情詩的傑作、世界の見方を変える『チ。―地球の運動について―』。その面白さを紐解いていきましょう。

✔“地”が動く

誠に残念ですが、私たちはもうこの作品の最大の「ネタバレ」を知っています
 そう、地球は猛烈に動いてる!
 自転しているし、なんなら太陽の周りをぶんぶん回っています。これが今を生きる私たちの常識。
 しかし、作品の舞台である15世紀には、まだ地球は宇宙の中心でした。

 舞台となる当時のヨーロッパを支配していたのは宗教的な概念。
 地球は神が創られた特別な星であり、天界の中心であり、不動の存在であり、太陽や月、他の星はその周りを「ややこしく」「無秩序」に廻っている。

では、その宇宙は美しいか?
 主人公である12歳の神童ラファウの前に現れた、前科持ち(!)傷だらけ(!)ないかにも怪しい研究者フベルトは、そう少年に問いかけます。
 この世界の人々の生き方の基盤となる“信仰”が、地球を特別にする一方で、世界の在り方を、“真理”を歪めているとフベルトは言うのです。

 その思想は、12年生きてきたラファウの常識を覆し、神学を専攻する彼にとっての“神様”を否定するものでした。
 そんなの受け入れられない! と考えながら、目にすることのできない神様の存在よりも、生きて肌に感じる直感に心は揺らぎ、少年の世界はゆっくりと躍動を始めるのです。

✔世界を“知”が変える

世界を変えるのに必要なのは、何かを知るということ
 街の中であっても、夜空を見上げればいくつかの星が見えます。
 天の闇に浮かぶのは無数の「点」。でも、その中に四角がくびれた砂時計のような形、オリオン座を見つけると季節のうつろいを感じる方も多いのではないでしょうか。
 視力が良い方なら、オリオンの星の、色の違いにも気づけるかもしれません。
 色からは星のおよその年齢がわかるといいます。大きさはどれほどで、距離はどの程度か、その光がどのくらいの時間をかけて地球に届くのか、そして周りにはどんな星があるのか。
 天文に通じていくと、夜空に浮かぶ無数の「点」が個性を持ち、そこに流れる時間や、宇宙の奥行きを感じ取れるようになるのかも。

なにかを「わかる」ということは世界の見え方を変える
 知識として知るだけではなく、リアルに見て、感じ、なにかを「わかる」ということは世界の見え方を変えてしまいます。
 けれども、作中で描かれる15世紀では、知識を手にできるのは一部の特権階級に限られていました。
 物語の中でも階級や、貧困、性別によって「知」と隔てられた人々が印象的に描かれます。
 しかし、境遇によって教わり、学ぶことができなくても、何かを知ることはできると本作は読む人に伝えてくるのです。

 地動説を巡る様々な人を描く『チ。―地球の運動について―』では、章によって視点が変わります。
 第2章で主人公となるオクジーは、「決闘代行」という血生臭い仕事を請け負う傭兵くずれ。貧民階級である彼には学はなく、文字もほとんど読むことはできません。
 しかし、優れた鋭眼をもって、宇宙の在り方に触れ、知っていくことで彼の世界は変わっていきます。
恐ろしく目がイイ オクジーくん。太陽系圏内とはいえ、「惑星の満ち欠け」がわかるという、激ヤバい視力の持ち主です。さて、一体彼は何を見たのでしょう?

✔流される“血”が守るもの

「地動説」。推すのは命懸け!
 歴史に明るい方であれば、地動説と言えばガリレオ・ガリレイの名が浮かぶのではないでしょうか。
 そしてガリレオは地動説を異端視した当時のローマ・カトリック教会に異端審問に懸けられ、有罪となったたことでも有名です。

 『チ。―地球の運動について―』のストーリー上で信仰されている「C教」も、もちろん地動説を異端視しているため、見つかってしまうとどうなるか。
 なんと異端者は「悪魔に通じている」と判断され、恐ろしい拷問の末、火刑に処されてしまうのです。ちょっとコワ過ぎますね。
 つまり、真理に辿り着いたが最後、それを推すのは命懸けなのです。
 圧倒的な真実に出合い、それが世間では罰せられることだとしたら、あなたは目をつむりますか? それとも――。

本作を手掛けるのは注目の新星、魚豊先生
 100m走のドラマを描いた『ひゃくえむ』で鮮烈なデビューを遂げた新進気鋭の作家であり、『チ。―地球の運動について―』は驚くべきことに2作目の連載作品なのです。
 完成度の高い作品を打ち出しながら、なお成長を続ける若手作家。時代を生きる鋭い視線によって描かれる見事な人物描写は、遠い時代であってもどこか私たちに共感や、親しみを感じさせる魅力に満ちています。

 そんな味わい深いキャラクター達にも注目してみてください。

合理的に生きたい今時の若者ラファウ
 トラブルを避けるためなら、信念は2の次。その場しのぎで嘘をついても自分を守る! 無駄を嫌い合理的に生きようとするラファウくんの感覚はもはや現代の若者です。
 しかし、そんな彼だからこそ、合理に合わない道を選び貫く姿に胸を打たれるのです。

世界に絶望しているオクジー
 日々にやりがいはなく、希望なんて持つだけ無駄。今世に見切りをつけているオクジ―くんの様子は「トラックにひかれて転生する系」の小説を読むときの私の気持ちの代弁です。
 でも、そんな彼が「天国よりも、今生きている世界こそが美しい」と知ったとき、どんな道を選ぶのか是非注目してみてください。

自分を特別にする瞬間を待ち望むバデーニ
 「頭が良すぎる」故に田舎村に左遷された修道士バデーニが待ち望むのは、天が与えた才能を持つ自身を特別にする瞬間。この方、作中における指折りの天才なのですが、それ故に凄まじく傲慢なのです。
 でもそこが人間らしくて魅力的! 才能があったら誇る、彼がオクジーと関わることでその在り方に変化が起きます。
 そして、
自身の行いを正しいと信仰する異端審問官ノヴァク
 作品における“敵”である彼こそが、最も胸に残る人物でした。

✔今の時代を生きる意味

圧倒的な真理の前に敗れ去る者たち
 例えば500年後の未来を想像したときに。
 日々たくさんのニュースが流れる中で、今、生きている時代のどのくらいの人が歴史に記され残っていくのでしょう。
 もし歴史に自分が残らないとしたらそれは無意味なのでしょうか?

 法や正義。私たちが正しいと思うものがときに揺らぎ、時代や信仰によって変遷をする中で、物理的・宇宙的な法則の正しさには揺るぎのない“真理”が存在しています。
 人の都合により作られた「天動説」が「地動説」へと変わっていくこの時代において。作中で特に注目したのは、“真理”を前に敗れ去っていく歴史的敗者にスポットが当たることです。

自分が敗者だと知ったとき
 「天動説」の完全証明に人生の全てを捧げた人物として登場するビャスト伯。もし生涯を捧げた研究が誤りだったと知ったとき、さらに自身の余命がわずかであるとき。人は何も思うのでしょう? そうして散った命がストーリーにどう関わっていくのかまさに圧巻の一言。歴史に埋もれて消えた命の輝きこそが『チ。』の魅力なのです。
 
自分が悪役だと知ったとき
 「人は自分が正しいと思っているときこそ、最も残酷なことをする」。これは司馬遼太郎さんの言葉です。
 C教を信仰する異端審問官ノヴァクは「地動説」と向き合う場面は胸に迫るものがありました。しかし全編を読み終えて私が感じたのは彼こそがこの作品の主人公であったのではないかということです。
 事実ノヴァクは視点や世代が切り替わる本作に置いて、唯一全章に渡り登場し続けます。
 拷問・虐殺、暴力の限りを尽くしてきた彼が己のあやまちに気づいたとき、そして物語においてどのような役割を果たすのか、是非本編で見届けていただきたいです。

不正解は無意味を意味しない
 『チ。―地球の運動について―』は架空の15世紀を描きながら、史実に残る実在の人物たちも登場します。 
 つまり主役となるのは「歴史に名を残さなかった人たち」です。しかし、その一人ひとりの命の輝きを読み、そのストーリーを読んだときに、深い充足感を得ました。

 何かを知り、感動して生きていく。
 例え時代に埋もれてしまっても、この無限の宇宙の片隅に自分が生きている意味を思う。私について考えて、生きる。
 それには必ず価値があり、いつの日か自分を助けてくれることではないかと感じます。

▼ 作品情報 ▼

チ。―地球の運動について―

著:魚豊


(C)魚豊 / 小学館