熱くも美しい世界へ没入!アートな青春活劇『ブルーピリオド』が描くことの楽しさを教えてくれる。

「そういえば『ブルーピリオド』のアニメ観た?スゴく良いよ!あ~、こんな作品に学生時代に出会いたかったなぁ」

 終電も間近、乗客の疎らな電車内にて。興奮気味にそう話す同僚は美術系大学の出身者。
 その気持ち、とてもよくわかる!21年10月よりTBSにてアニメ放送も開始となり、今話題沸騰の「美術大学受験物語『ブルーピリオド』」は観ると「絵が描きたくなる!」と評判の作品なのです。
 でも、青春は若者だけの特権ではありません。おとなが読んでも、もちろん絵を描いたことがない人が読んでも面白い!

好きなことを頑張る努力家は最強!
 世界的な画家ピカソの若かりし頃の画風「青の時代」に基づいたタイトルの同作では、夢中になれるものに出会い、打ち込んでいく姿が瑞々しく描かれています。
 青い火花を散らせるアートで熱い同作。青春の輝きを感じながら、その魅力へと迫っていきましょう!

人生楽勝な日々で、どこか空虚な焦燥を抱える。

 主人公の矢口八虎やぐちやとらくんにとって、人生はゲーム感覚。勉強も人間関係もノルマを達成していくようなもの。
 成績優秀な彼は学年上位に籍を置き、「早慶は確実」ともいわれる一方、渋谷でオールし、酒を飲み、タバコを吸う素行の悪さを併せ持つ問題児。
 しかし、持ち前の愛嬌で人間関係も良好。何というリア充っぷりでしょう!

 そんなイージーモードな毎日を送る彼ですが、ただ消費するような青春に味気のなさを感じ、空虚な焦燥を抱えてもいるのです。
 このままレールに沿っていけば人生は楽勝。けれどそこから一歩踏み出してこそストーリーも生き方も輝きだすってものなのです。

✔ボーイ・ミーツ・アート!

ある日に出合った、天使のウインク
 「無難で楽そうだから」、なんとはなしに選択した美術授業にて、課題に対して不真面目に取り組む八虎は、ある日一幅の絵に出会います。
 それは、忘れたタバコを取りに戻った美術室に飾られていた、美術部員の作品。なのですが……。
 この「絵」に出会う場面で、描かれた天使がウィンクを投げかけ、アプローチしてくれる描写がお見事なのです!

 様々な美術・描くことに出合える同作では、キャラクターが受ける心の衝撃を見事な演出で楽しませてくれます。その仕掛けの一つひとつが素晴らしい。

実際の東京藝大卒である新鋭の多彩な漫画表現に注目!
 同作を手掛けるのは今をときめく期待の新鋭山口つばさ先生。なんと、ご本人が東京藝大卒という華々しい学歴の持ち主でもあります。
 見せることに情熱を注いできた作家だからこそ、漫画表現の形式にとらわれない新しい表現に果敢に模索していくのもまた、見どころの一つなのです。
 水彩タッチのテクスチャーを人物の陰影に採り入れたり、線画の質感を狙って使い分けるなど、白黒のグレースケールな画面の中でいかに色彩を感じさせるかに、工夫と意欲を感じます。
 もっと鮮やかに、もっと魅力的に、美しく。見せよう、描こうとする作家の姿勢と挑戦が同作品の魅力を一層深めているのではないでしょうか。
 表現豊かな新鋭が手掛ける、意欲的な画面描写にも是非注目してみてください。
絵を描く喜びや、受験、芸術を進路とする葛藤がリアルと評価される『ブルーピリオド』は、もしかしたらそんなご本人の経験や、見聞が息づいているようにも感じられます。

✔自分の世界を共有する悦び

「あなたの好きな景色を描いてみてください」

 なんとはなしの課題。でも、それは自分だけの目線を共有することでもあります。
 私の敬愛するアメリカ初の近代美術館の創設者であり、世界的な蒐集家であるダンカン・フィリップスは「優れた芸術は、我々が日常に”美”というものを見出す力を授けてくれる」といった言葉を残しています。
 それはピカソと並ぶキュビズムの創始者であるジョルジュ・ブラックの作品に彼が与えた賞賛です。
 この言葉は、私にとって「はっきりいってよくわからない」と感じていたキュビズム作品の見方を180度変えてくれる衝撃的なものでした。
 画家の作品は画家が日常で見出した風景にどう「美」を感じているのか、それを第三者にわかるよう共有する行為でもあるのです。

俺だけが知っている朝の渋谷に感じる「色」
 仲間とオールして、始発で帰る。気だるい体を引きずって、見渡す。まだ目を覚ます前の繁華街の静寂。
 一幅の絵の美しさにあてられた八虎は、いつか仲間と観た早朝の渋谷の「青さ」を、自身の感じた好きな風景として描こうとします。
 筆を執り、いざ、描き出すと思いのほか夢中になっていく八虎。
 けれども、授業のほとんどを寝て過ごしていた彼にはほとんど時間が残ってなく、絵は未完に近い形で提出を迎えます。
 けれども、貼り出された自分の作品を通して「これ、朝の渋谷?」と共感をしめしてくれた友人に、初めて「自分の言葉で語り合えた」かのような深い悦びを覚えることに。

✔美を見つめるそれぞれの視線

あなたが青く見えるならりんごもうさぎの体も青くていいんだよ。
 作品を通して伝わる、それぞれの作家の眼差し。『ブルーピリオド』では、各人が見る世界をわかりやすく、誰にでもわかる言葉に翻訳して見事に描き出していきます。
 そのキャラクター達も個性豊かで魅力的なのです。

✔ライバルと散らす火花。友情と敬愛。

 八虎の幼馴染で美術部員であり女装男子である、鮎川龍二。予備校にて初めて出会う天才、高橋世田介たかはしよたすけ。同期であり、エリート一家の独りとして葛藤を抱える桑名マキと、キャラクターたちのそれぞれの視線にも注目です。
 私のイチオシは既にOBとなった森先輩。小さな体に迸るような熱源を持つパワフルな美術部員です。そして天使の絵を描き、八虎くんの運命を変えた存在でもあります。
 愛や恋という繋がりではないけれど、キーパーソンとなる存在の彼女。
 卒業後も八虎の心の支えとなり、導く存在として現れます。
 その人の「目線」を共有するアートの世界。気持ちを分かち合うことで生まれる共感や、絵を描くことを通して育まれるむき出しのぶつかり。育まれる友情もまた同作品の魅力です。

その衝撃を忘れずに、「好き」を進路へと変えていく。

 順風満帆で、それでもどこか空虚な日々を送っていた八虎は、「初めて情熱を注ぐ対象」に出合い、見る景色は一変していきます。
 そして、彼が進路に選んだのは日本最難関の倍率を誇る「東京藝大」!
 浪人が当然とされる厳しい美術校受験へと自らの進路を切り替える。その選択に不安を感じつつも、「好きなことを努力する子は最強よ」と美術講師である佐伯昌子に背を押されます。
 描くことのリアルな悦びと、苦悩。何度も筆を折り、挫折して、それでも描く。
 これから絵を描く人にも、今、絵を描いている人も、描くのをやめてしまった人も、青春真っ盛りな風を感じて、読んでほしい作品です。

▼ 作品情報 ▼

ブルーピリオド

著者:山口つばさ


(C)山口つばさ/講談社