強く儚い宝石たちの生と死が描かれる完結作品『宝石の国』。いまだから読みたいこの作品の魅力。

話題の長編作品、あなたはいつ読む?
 圧倒される世界観や、壮大なテーマ、重厚な問題の提起と寛解。キャラクターそれぞれの胸に起こる細やかな葛藤や変化、成長の描写。
 ショートストーリーにも、短編ならではの良さがありますが、思いっきりストーリーに浸りたいと思ったとき、ボリュームのある長編連載作品こそ、その気持ちを受け止めてくれるものです。
  
ハマればハマるほど、続きが気になる!
 長編連載の醍醐味のひとつは、楽しみが長く続くことではないでしょうか。しかし、一方で場合や気性によっては「続きが気になりすぎて」やきもきしたり、ストレスを感じたり……そして、世には完結しないまま未完となってしまった名作も多々あります(様々な理由で!)。
 そのため人気・話題となっている作品ほど、完結してから読みたいという人もいます。気持ちもとってもよくわかる。 
12年越しの連載が堂々の完結!
 2012年12月に講談社の『アフタヌーン』誌に第1話が掲載となり、話題をさらった『宝石の国』。
 類を見ない世界設定で描かれる、美しくも脆い宝石たちの生と死。そのストーリーに多くの読者が夢中になり、アニメ化もされた長編人気作品が2024年の6月、ついに最終回を迎え各メディアでも話題となりました。
  
 私たちと全く違っていて、けれどどこか「同じ」を感じる、強く儚い宝石たちのストーリー。
 長らく気になっていた方も多いのではないでしょうか? その始まりから終わりにまで一気に浸れる今だからこそ、その世界観に飛び込んでみましょう! 

この星

6つの月を持つ、瘦せ衰えた星
 生い茂る草原より始まる『宝石の国』。その成り立ちを、作品の冒頭で主人公であるフォスフォフィライトは次のように語ります。 
 この星は6度の流星の衝突に遭い、その度に欠けた破片が6つの月を産み、痩せ衰え、陸がひとつの浜辺しかなくなったとき、全ての生物は海へ逃げ、貧しい浜辺には不毛な環境に適した生物が現れた。
 無機質な海と、草が茂る浜辺。
 冒頭では時点で作品内で言及はされませんが「月」という言葉から、この代わり果てた景色がどうやら私たちの地球の遙か遠い未来なのでは? と想像が膨らみます。
 陸があり、棲む生き物があり、文明も、暮らしもある。
 しかし、この地に適応した生物の不思議さが読む人の心を惹きつけます。 

宝石たち

強くも脆い宝石たち
 真っ白な肌を持ち、少年とも、少女ともつかぬ可憐な造形の生物。それが宝石の国に生きる28名の宝石たちです。
 どうやら、生物といっても彼らの体を動かすのは、インクルージョンと呼ばれる、結晶の体内に内包された光を食べる微小生物、とのこと。
 かつての星に繁栄していた生物が流星の襲来により海底に沈み、やがて無機物に生まれ変わり、長いときをかけて規則的に配列・結晶化し浜に打ち上げられたのが彼らの始まりといいますから、なんという面白い世界観でしょう。
  
 つまり宝石たちは食事を必要としません。
 代わりに微小生物の活動のためには光が欠かせないため、夜や、日照時間の少ない冬は活動が鈍ってしまうという弱点もあるのです。
  
 そして彼らが持つもう一つの弱点は、衝撃によって欠けること。
ストーリーを手掛けるのは市川春子先生
 市川春子先生は2006年に『虫と歌』にてアフタヌーン誌で受賞しデビュー。その後も短編の発表を中心に注目を集め、複数の受賞歴を持つ新進気鋭の作家です。
 作品には独自のセンスが光り、特にキャラクター描写においては均整の取れたプロポーションを描きながら、敢えて完全な輪郭を破壊する「欠損の表現」に独自のフェティッシュを追求してきた作家でもあります。
  
 『宝石の国』の宝石たちにはそれぞれ硬度があり、靱性によってある方向性によって割れやすいなどの弱点があります。
 宝石たちに起こる、穴、欠け、割れ。しかし、それらに対する痛みや悲壮、喪失の感情の揺らぎはありません。暴力とはどこか切り離された、完璧ではない一つの輪郭として作家ならではの審美眼が光り、痛ましくありながら独特の美しさを感じます。
  
 なにしろ主人公を始め強くも脆い、宝石たちの物語です。どの子もビックリするくらい欠けること、欠けること。 
肌の白さは白粉によって塗り固めたものであり、ひとたび割れると美しい石の断面が露出します。ショッキングでありながら、切り口から覗く煌めきを思わず見つめてしまう、市川春子先生らしい、ならではともいえる表現です。
 さらにはこの世界には彼らの「敵」が存在するのです。

月人

 宝石たちが戦う理由
 自然界における多くの生物には生存競争による戦いが昼夜繰り広げられます。『宝石の国』の生物である、宝石たちの天敵ともいえる存在が、彼らと等しく美しい月人たちです。
 天女のような相貌で空から現れ、宝石たちを破壊し、月へと攫っていく恐るべき狩人。
 彼らの目的は明かされないものの、美しい宝石を装飾品にする目的に砕き、嬉しそうに手にする描写があったり、好みが語られたりと、どこか意思らしいものが垣間見えます。
  
宝石たちの不死
 この月人たちと戦うために、ときに砕かれ、折れ、散る宝石たち。
 しかし、不死である彼らは砕け散って粉になり、土に紛れ海に沈もうとそれは仮死に過ぎず、ある程度「破片」が集まりさえすれば傷口を繋いで生き返らせることが可能。
 そしてこの性質のために何事も諦められない。と宝石は語ります。
「死は何もかも台無しにする代わりに生を価値あるものにする。そう悪いものではない」という台詞が印象的でした。一種死ぬことを知らない宝石たちだからこそ己を顧みず全力で戦えるのかもしれません。

永遠を生きるということ

主人公たちは実際の宝石・鉱物でもある
 主人公であるフォスフォフィライト(左上)、ゴースト、ルチル、ボルツ、パパラチア。
 お好きな方で聞けばピンとくるように、これらは実際に私たちが住む地球に存在する鉱物の名前でもあります。その硬さを表す硬度も実際に沿ったもの。
 どこか自分たちと切り離された遠い世界で起こっているストーリーでありながら、私たちの現実としっかりリンクしているのもこの作品の面白どころといえます。
  
 果たして人間はこの美しい星においてどのような立ち位置だったのでしょう? 6つの月より幾度となく襲い来る月人との関係は? 読み進めていくほど深まる謎にきっとあなたもひきこまれていくはずです。
  
個性的で魅力的なキャラクターたち
 世界設定の面白さに加え、宝石たちの関係性や、その性格にも個性があり、そのれぞれの成長や変化からも目が離せません。
 同じダイヤモンド属でありながら、戦うことに優れたボルツにどこか羨望と劣等を感じるダイヤモンド。毒を生み出す特異体質故に、一人夜を孤独に過ごすシンシャ。生まれつき体にたくさんの穴を持つパパラチアに鉱物を嵌め込み目覚めさせることに固執するルチル。
 そして多くの宝石の育ての親として慕われ、宝石たちを何より大事にしている金剛先生。
 月人に攫われる過酷な世界設定の中、宝石同士の関係性やキャラクターの心の動きにも是非注目してみてください。
  
宝石たちの仕事、フォスの仕事
 食事は要しないけれど、光を欲するために活動のサイクルがあり、生活があり、定期的に敵も現れる。このため宝石の国で生きる宝石たちの多くは技術ある者二人一組で見張り、戦うという重要な役割を担っています。
 それ以外にもひとつかふたつ得意な役割を担い、補い合っている。
 ――けれど硬度3半と脆く、誰と擦れても壊れてしまい不器用の極みだったフォスフォフィライトにはしごとがありませんでした。
  
 そんな彼に託されたのが「博物誌を編むしごと」。現在を保存し、未来の不意に備える重要で創造的で知的な仕事と聞き、やる気はそこそこながら、落ちこぼれとしてフォスは頑張る決意をしていきます。
 読者は博物誌の記録をするフォスの視線を通し、この得意な世界を見つめながら知っていくことになるのですが、話はそこだけに止まらず、誰もが予想だにしなかった衝撃の展開へとストーリーは拡がっていくのです。
  
 主人公フォスが、最後にたどり着く答えは何か?
 唯一無二の世界観の堂々たるフィナーレまでどっぷり浸れる『宝石の国』。一気に読むなら、そのチャンスは今です。