推しの家政婦に“なりすます”。その先にあるのは破滅かそれとも――? ユーモアとペーソスが交錯する『ミワさんになりすます』

このまま一ファンで終わるよりも…?
 『ミワさんになりすます』。
 同作のコミックス巻末には、実在の映画のセリフが引用・掲載されています。

 「君らは僕が、
  イカれてると思うだろう。

  だが、ドン底で終わるより
  一夜の王になりたい。」

 この台詞は、名匠マーティン・スコセッシ監督が手掛けた映画『キング・オブ・コメディ』(1982年)の一節。売れないコメディアンのルパートの日常に“ふとしたきっかけ”で変化が起こり、やがては一線を越えて踏み外し――、そして、破滅を迎える。現実と妄想の境を失っていく狂気的なコメディアンをロバート・デニーロが怪演し、観る者を惹きつける傑作として知られています。
 同作品のオマージュとも呼ばれる『JOKER』(2019年)が近年では話題をさらい、印象に残っている方も多いのではないでしょうか?

 コメディアンであるルパートも、道化師ジョーカーもきわめてユニークではありますが、肥大された欲望のベースにあるのは、注目や関心、愛を求める「淋しさ」。それは、誰もが抱えているものかもしれません。
 成功や名声、富、様々な欲望を抱えながら満たすことなく、それでもそれなりに上手いことやって、真っ当に生きている。
 果たして、人生は我慢の連続――?
 『ミワさんになりすます』の主人公、久保田ミワも一見そんな真っ当な日々を歩んでいるかのような女性、……でした。

地味で真面目で善良で――だけど、静かに狂ってる
 しかし、そんな彼女の人生に“ふとしたきっかけ”が訪れたとき。誰もが思わぬ方向に運命は転がり始めます。そして、彼女の埋もれていた才能や魅力が明らかになり、狂気が、輝きだすのです……。
 サスペンスやスリラー的な要素を持ちながら、喜劇のようなコメディタッチで描かれる、明るさと危うさ。
 2023年にはNHK制作でのドラマ化も決定し、ますます目が離せないミワさんの魅力に、あなたもきっと夢中になるはず。
 独特の世界観に没入させる同作が本格的にブレイクする前に、しっかりチェックしちゃいましょう!

 久保田ミワは街にいくつかはある、チェーンDVDレンタルショップで働く、29歳のフリーター。真面目でいて、目立たない女性です。
 大人しそうで、何事も「言いやすい」彼女には厄介なクレームをが寄せられることもあり、「この映画、クレジットに書いてあるのにブラピが出てねーから、金返して」などという、とんでもないカップルからの無茶ぶりも……。しかし、

「出てますよ」
 久保田ミワの映画愛たるやすさまじく! 映画について聞かれれば答えられないことはありません。
 それもそのはず、彼女の年間映画鑑賞本数1,520本。その全てをメモを取りながら見て、記憶しているというのです(どひゃー!)。
1日平均4本で、1作が2時間程度だとしても、日に8時間近く映画に向き合い、メモを取る……。異常ともいえる“映画マニア”。
オタク・アラサー・独身・キャリア無し。
だけど、私には映画がある
 現役の映画評論家クラスの映画本数を彼女が鑑賞する理由は――、彼女が抱える深い孤独に起因します。
 人間付き合いが苦手な彼女にとって、世知辛い現実から逃避し、なぐさめ、ときに勇気づけ、生きる糧となっているのが映画だったのです。
 そして、そんな彼女の愛してやまない“推し”として、映画の第一線で活躍する世界的俳優こそがこの激渋イケオジの八海祟でした。
 アルバイト先をクビになった現実もなんのその。今日も映画を鑑賞し、“推し”活に勤しんでいたところ……、そんな推しであり、崇拝する八海祟サマが「家政婦を募集を出している(!)」と知り――、ミワは雷に打たれます。
 しかし世界的トップクラスの俳優である彼の元で働く家政婦といえば要求されるスキルも高く。

応募条件

 ・大卒以上
 ・TOEIC800以上
 ・ハウスキーピングや調理師免許など複数の資格
 ※ファンNG

 と、
 何一つ持ち得ない上に、彼の大ファンである、ミワは不採用ビンゴによりあきらめるしかないのでした。

✔ミワさんになりすませば

留学歴ゼロから有能家政婦に、ヤバすぎる人生へようこそ。
 家政婦採用の当日。
 採用はあきらめるしかないものの、「憧れの八海サマ」の家政婦として採用される人物がどんな人なのか、一目見たい。そんな、いじましい欲とありあまる時間を活かし、情報収集力によって見つけ出した八海祟邸宅の前にたたずむミワ(健気だね)。
 そこにとんでもない事故が。
 採用された家政婦さんが目の前で当て逃げに遭い、通報するミワ。搬送されていく女性を見送り立ち尽くす自分に、声を掛けてきたのは八海祟のマネージャーでした。

「あなた、家政婦の『”ミワ”さくら』さんね。」
 そう、採用が決まった家政婦の名前は「美羽さくら」
 偶然にも女性の苗字と、久保田ミワのファーストネームは響きが同じ“MIWA”だったのです。
 あなた、みわさんね。 というマネージャーの確認に、思わずミワは……。
 はい、よろしくお願いします。

✔まさに、天国と地獄

屋敷では、彼女の悲鳴は誰にも聞こえない。
 2023年では愛していた夫が別人であった映画が公開になりましたが、詐称は立派な――犯罪です。孤独な日々ではありながらも、ひっそりと映画を愛し、しごく真っ当な人生を歩んできたはずが……、ミワは“ふとしたきっかけ”によって一瞬にして犯罪の加害者に。
 本当のこと言わなきゃ、こんなのダメだ。犯罪よ。
 と、いった彼女の内心の葛藤は知られることもなく、屋敷へ潜入。その先に待っていた人物は映画に人生を捧げたミワの最推し、八海祟だったのです。

決して手の届かなかったスクリーンの向こうにいる推しが目の前にいる。
 世界的俳優の無防備なオフショットを目にしてしまい様々な想いで悲鳴をかみ殺すミワ。
 イケないことだとわかっていながらも、目前に推しがいる仕事に感激し、彼女は不器用なりにも懸命に仕事をこなしていきます。

手の届かないはずだった、銀幕の向こうの神からの抱擁。
 一方で彼女の映画に対する深い愛情を、同じ世界の第一線にいるからこそ、八海は理解し、その関係には変化の兆しが。 DVD化もされていない、マイナー作品のある一場面の台詞を憶えていたミワに八海は感動し、思わず彼女を抱擁してしまい――。

✔衝動を止めるな!

ソレがバレたら、終わり。
 バイトをクビになった転機からの“おもわぬきっかけ”。からの詐称、家宅侵入、身元が暴かれれば人生は終わり。
 でも、満たされる欲にミワは抗えません。だって目の前には……幼い頃から崇めてきた世界的トップスターが息をして、動き、ときに話すことさえ叶うのです。
 彼の一挙手一投足を目に焼き付け、心で悲鳴を上げながら、表情はあくまで冷静に、ミワは自分にこんなにも器用な真似ができたのかと驚きます。
 無事に本採用となったミワですが――、彼女はあくまでなりすまし。つまり、この世には本物のミワさんが実在しているワケで……。
 ね、当然訪ねてくるわけです。本物の美羽さくらが!
 大変だ!

本作を手掛けるのは青木U平先生。
 独特のテンポとクローズな業界のリアリティがなんとも面白い『服なんかどうでもいいと思ってた』を始め、手掛ける作品の多くが話題をさらう、個性の光る作家です。
 本作では青木U平先生のほとばしる映画への愛がそこかしこに溢れており、名作映画をオマージュした各話のタイトルや話の作りにも是非、注目してみてください。
もはや説明しがたい展開により本家美羽さくらとクッキー作りにいそしむことになったミワ(どういう状況なの? それは是非本編で)お菓子作りにおいて「きっちり分量を計量しないと気が済まない」という美羽の何気ない台詞が後ほど物語全体を引き締めるワードとなって利いてきます。マンガが上手い!
何よりも君の(社会的な)死を恐れ、誰よりも君の破滅を望む。
 物語では、きっかけこそ“なりすまし”ではあるものの、ミワの映画愛が本物であることを、八海を始め彼の周りの一流の映画人が理解していくことでミワの心や人生における在り方についても段々と変化が訪れます。
 『キング・オブコメディ』と同じく、名優ロバート・デニーロ主演の映画で『FAN』という作品があります。こちらも一人のファンのいきすぎた行動が一線を越え、彼の世界が破滅していくという作品(めちゃコワ)。

 引き際を失ったミワの進む先にあるのは果たして破滅か、それとも栄光か……?
 ユーモアとペーソス交わる珠玉の傑作の顛末を固唾をのんで見届けたいものです。

 人生はチョコレートの箱のようなもの、開けてみるまでわからないものです……。

▼ 作品情報 ▼

ミワさんなりすます

著:青木U平


(C)青木U平 / 小学館