千の言葉の中に真実はたった三つ。不動産屋の“闇”…を勝手に口が語りだす!『正直不動産』!

深夜まで明かりが灯る不動産営業所
 コロナ禍以降、お店の閉まる時間が早くなったように感じます。
 深夜23時手前。最寄り駅を降りてロータリーを歩くと、多くの照明が落ちていますが、煌々と明かりが灯るガラス張りのテナントが一つ。この街に越してきた際にお世話になった、不動産の会社です。
 当時お世話になった社員さんは辞められてしまったようですが、通りからも何やら遅い時間まで活気づいている様子が映ります。
 不動産業界には“千三つ”という言葉があるそうです。
 それは「『家がほしい』と言う話が千件あっても、契約に到るのはたった三件ばかり」とのこと。なんだか業界の厳しさが覗えます。
 しかし、『正直不動産』の舞台、武蔵野市吉祥寺に店を構える「登坂不動産」のトップのセールスマン、永瀬財地ながせ ざいちは言います。
「“千三つ”っていうのはな、千の言葉の中に真実はたった三つってことだ」
嘘ついてなんぼのイカれた世界。それが不動産営業!
 だけど、もしそんな不動産セールスマンが正直になってしまったら?
 本作『正直不動産』は、タイトルにも中身が気になるキャッチーな仕掛けがあり、そわそわとした気持ちでページを捲りたくなります。 
 2023年にNHKでのドラマ放送が始まり、「知らなかった!」「とにかく面白い」「業界って怖い……」と、話題沸騰中。
 私たちの身近でありながら、難しくてわからない不動産業界の様々な側面が見える一方で、「正直であること」にはどの仕事にも通じる爽快さがあります。
 知らないことに切り込んでいく楽しさもありながら、刺激的でストーリーとしての面白さも抜群。厳しくも華やかで奥深い魅惑の不動産営業の大舞台を覗いてみましょう!

✔不動産営業はウソばかり?

不動産取引をする際、私たち顧客は猛獣の前にいるインパラです。
 本作品『正直不動産』の関連書籍である『不動産業者に負けない24の神知識』(すごいタイトルである)の冒頭にて。
 著作を担当された全国宅地建物取引ツイッタラー協会員の方は、このように書かれています。
  「僕たちは不動産のメジャーリーガーです。来る日も来る日も不動産でどうやって利益を上げるかを考え、法律、建築、金融、税制などを学び、不動産に関するありととあらゆる知識に精通しています」
 出典:不動産業者に負けない24の神知識より 
 そしてもちろん、不動産取引も何度も行っていると。そのメジャーリーガーに比べて私たちときたら賃貸の契約もそう頻繁にあるわけでもなく、不動産知識も皆無。専門的なことは何も分かりません。
 だからこそ、専門家を頼りにするわけですが……。
そうそう、頼りにしてますよカスタマーファーストで!
しかし、不動産取引は素人とプロの殴り合いの試合である!
 全国宅地建物取引ツイッタラー協会が語るには、素人の私たち顧客が、資本と専門知識で武装したメジャーリーガーと戦い、数千万から数億円を奪い合うのが不動産取引なのです。
 よって本作『正直不動産』では主人公であり、花形営業マンである永瀬財地(お金持ってそうな名前だ)の前にお客様はなすすべもないわけで。 
  開幕早々、財地は、都合の悪いことは全て伏せて、嘘で固めた営業トークで契約に成功! くぅ!なんて人なの!

✔正直者は損ばかり!

ビジネスはボランティアじゃない

 しかし、永瀬財地がそんな嘘で固めた営業スタンスを取るのも仕方ない側面もあるのです。何故なら、彼が所属する登坂不動産の給与体系は(財地いわく)やっすい基本給+歩合性。
 成功すればリターンに際限はない一方で、リスクもあります。
 美人でモデルな恋人がおり、タワーマンションに暮らす財地の羽振りの良さは、「自分のため」に営業成績を上げてきたからに他なりません。
 そうはいっても「家を売るのは客や入居者のためじゃない、自分のためだ」と言い張られるとこう、なんだ。
やだも~う、この主人公きらぁ~い!
原案を手掛けるのは夏原武先生
 詐欺や裏社会といった日本のアンダーグランドを取材するフリーのルポライターでもある夏原武先生。様々な著書の執筆と同時に、刺激的な漫画原案を手掛け、詐欺師を騙す詐欺師を描いた『クロサギ』は小学館漫画賞も受賞しています。
 本作『正直不動産』では夏原先生の綿密な取材を基に、私達が知らない不動産業界の仕組みや裏側まで紐解いてくれるのも面白さの一つ。
 よって作中では倫理的にはグレーな業界の慣習すら白日にさらす鋭い展開を見せることも。
 ですが、夏原先生は本作の題材として不動産業界の取材を進めた上で「業界が抱える負の遺産を払拭したいと考えている会社や人は少なからずいる」と語っています。
 不動産営業マンたちが口八丁にならざるを得ない歩合性の給与体系や、厳しいノルマを基に上司から徹底的に搾られる体制は漫画の中だけではなく実際にも、「在る」ということ。
 だからこそ『正直不動産』には面白い仕掛けが施されているのです。

✔口が勝手に真実を語る!?

口八丁営業マンに神様パワーが発動~!
 ストーリーが動き出すのは、財地が担当する土地を更地にする地鎮祭(工事の際、無事を願って神主を招いて安全祈願をする儀式)にて。
 土地に残る不思議な石碑を気味悪く感じた財地は、大口の売買を行う顧客の気運に影響すると判断し、勝手に蹴り壊してしまうのです(あーっ! 知らないぞ~!)。
 瞬間、財地の体に不思議な風が駆け抜けて――。

まぁ言わないけどな、そんなこと(と、思ったときにはもう言ってる!)
 その後、なんてことはない1件の不動産契約の際、普段なら「リスクなんてありませんよ」と得意の“嘘”で顧客を安心させるつもりが、「当然リスクはありますよ、家賃が下がる可能性だって十分あるわけですから」と、正直に語ってしまうのです。――あれっ!?
 そしてその後も口から溢れる、飛び出る、真実が……止まらない!

 もう少しで賃貸契約が決まる寸前でも――、
 元々口の回りが良い、トップセールスマン、一度真実を語りだすと、も~う止まらないってんだから面白い!
  ――あれれ、俺、この後どうなっちゃうの~!??

✔正直不動産でトップを目指せ!

 慌てた財地が石碑について調べると、どうやら彼が壊した石碑は“願わず語らずの碑”なるものだそうで。何でも石碑を粗末にした者は祟られ――嘘をつくことができなくなると言い伝えられている。とのこと!
 神様の祟りで嘘がつけなくなるなんて、まるで漫画のようなお話……。
 しかし、不動産営業にとっては致命的です!

こうして財地は黙っておけばいいのに次々と正直を披露!
 あらあら、まぁまぁ! 顧客には感謝されこそしろ、トップセールスマンの成績はいよいよ下がり、同期に抜かれていくことに!

漫画を担当するのは大谷アキラ先生。
 コミカルでいて、似顔絵のようなリアルな味わいもある、特徴的なペンタッチが印象的な作家さんです。こういう絵、好きだなぁ。
 何しろ不動産を舞台に扱う本作ではお客様も千差万別、不動産営業も千差万別とキャラクターも多い中その書き分けはまさにお見事!
 また、弱肉強食の不動産営業にふさわしい、癖のつよぉいライバルたちが見ているだけで面白いのです。ちょっとだけそのバラエティ豊かなラインナップを紹介します!

クールなスマートマン・桐山貴久
最初に財地の前に立ちはだかる同期のライバルクールボーイ。正直不動産のスタンスに対立しながらも共闘(不動産営業の話なのですが、共闘としか書きようがない)展開もアツイ! クールでありながらハートが熱い、私の推しです。
完全歩合のバブルガイ・黒須圭佑
イケイケ系日焼けにモヒカンを合わせるセンスたるや、グッド。もちろん車も外車、スーツは特注、彼女は常時3~4人と、完璧。彼の周りからは1990年代のノートが香ります。
登坂不動産のドン・登坂寿郎
不動産会社の社長って面構えじゃないよ。タランティーノの映画の主演だよ。葉巻を吸う場面はないのに吸っていたようにしか見えない。決着って何――? ※不動産営業の漫画です。
新たな敵組織の黒幕・鵤聖人(もはや、名前が読めない!)
こんな酸いも甘いも経験してきたって顔、党員名簿でもそうそう見掛けませんよ? それにしても極悪不動産屋の大ボスってどういうこと――? ※不動産営業の漫画です。
※今すぐ殴り合いが始まりそうですが、彼らはみんな不動産営業マンです。

 癖のあるライバル・上司たちに揶揄され、詰められ、貶められつつ営業成績も大ピンチ。しかし財地は自分の心がどこかスッキリした気持ちでいることに気がつきます。
“嘘”は不動産営業に限らない
 例えばコマーシャル、例えば原価に対して利益を配慮した価格設定。
 不動産営業の世界に留まらず、商売の世界に“嘘”は珍しくありません。ボランティアではなくビジネス。働いて儲けを得る中で、ときには相手の損が自分の利益につながることも。
 「本当のことを言えたらお客さんはもっと喜ぶだろうな」という経験は社会人の多くが経験したことでもあるのではないでしょうか。
 だからこそ、正直営業で顧客の信頼を勝ち取っていく財地の姿に不思議な共感を覚え、勇気をもらえるのです。

 そしてきっかけは祟りといえど、正直な財地の営業スタンスはやがて顧客の気持ちを救うことにもつながっていくことに。内心の嬉しさと向き合い、どうせ本当のことしか喋れないんだと開き直り、自分の営業スタンスを改めた財地は自分をこう呼べと名乗ります。
 正直営業で勝ちに行く、財地をきっとあなたも応援したくなるはずです。

▼ 作品情報 ▼

正直不動産

著:大谷アキラ / 原案:夏原武 / 脚本:水野光博


(C)大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館