誰だって安心して眠れる場所がほしい。『私の正しいお兄ちゃん』が問いかける、正しい家族のカタチとは?

※再掲:2021年11月掲載の記事です。
「生き別れた大好きなお兄ちゃんと、いつか二人で暮らしたい」

 21年秋よりFODでのドラマ配信が始まり、話題騒然の『私の正しいお兄ちゃん』は、全編を通して独特で不思議な空気が流れています。
 私たちの本能は遺伝子の設計上、血縁者同士での交配を避けるように出来ています。
 親元から子が巣立つように、かつて家族だった者たちが離れ、それぞれの家庭を築いていくのがいわゆるフツーの考え方。

 しかし、当作品の主人公であり、大学生の理世の願いは「大学卒業後は生き別れたお兄ちゃんと、二人で暮らしたい」というもの。

 もちろん今は多様な考えが受け入れられる時代ではありますが、理世の願望は私にとっては首を傾げるものです。

 それでありながら、ストーリーを読み進めると、この「正しい」「お兄ちゃん」の指す意味合いの深さを知り、段々と見方が変わっていく。そしてある問いへとたどりつくのです。

正しい家族の形とは何だろう?

 『私の正しいお兄ちゃん』では、理世が家族ではない他人に恋をして、愛を知っていきます。
 しかし、その「普通」であるはずの過程に、運命のような残酷が重なることでストーリーは思わぬ方向へと展開していくのです。

 大学生で一人暮らしの木崎理世きざきりぜの夢は、幼いころの両親の離婚により、生き別れになった「お兄ちゃん」と、いつか一緒に暮らすこと。

 思い出の恐竜のぬいぐるみに毎日「お兄ちゃん」と話しかけ挨拶し、今日の出来事を伝えては一人、つつましやかに暮らしているのです。
大学生で一人暮らし。成人手前の彼女が「お兄ちゃんと暮らしたい」と、毎日ぬいぐるみに話し掛ける姿は少し歪に感じます。けれど、その背景を知っていくと……?
 どこか地に足のついていない危うげな印象の彼女の幸せは、「お布団の中に温かさがあること」
 それは、両親の不仲による彼女の辛い少女時代に、逃げ込めることができた場所が兄と眠る「お布団の中」だったことに起因します。

辛いこと、悲しいことがあっても、お布団の中が温かければ我慢できる。
 理世の特技はどこでも・すぐに眠れることなのです。

✔海利さんの悩みはいつも眠れないこと

「理世ちゃんの特技は、どこでも寝れるってほんとなの?」
海利さんったら……、文句なしの美男ですね。なんでこんな人がスーパーでアルバイトを?それにはワケがあるようです。
 理世が今気になっているのが、アルバイト先のスーパーの同僚である内田海利うちだかいりさん。
 顔を近づけて覗き込むように話す「お兄ちゃん」と同じ癖、「お兄ちゃん」と同い年であり、なんとなく似ているその外見に「お兄ちゃんが大人になったらこんな感じなのかな」と、仕事中もつい目で追ってしまいます。

 そんな理世に、眠れない悩みを打ち明ける海利は「理世の傍にいると安心して眠れそう」とも言います。彼に好意的であり不眠に同情した理世は、空き時間に彼が眠れるよう“肩を貸す”ようになっていくのです。
ヒュー!気になる彼と急接近!ヒュー!
 誰かが待ってくれている家。自分が安心して眠れる場所。かつてに得られなかった安らぎを求めて惹かれ合う二人。

 育つ家庭の中で愛を知り得なかった理世が、初めて「家族ではない他人」に興味を持ち、やがて恋をする。
 愛を知り、少女らしい夢から覚めて、現実と向き合い地に足を付けて生きていく。ふわふわとした日々はゆっくりと瓦解していくなか、ある日理世は海利の日記を読み、思わぬ彼の秘密を知ってしまいます。

彼が眠れない理由は誰かを殺したから?そう、なのかもしれない。でも確証はない。
具合のよろしくない、彼の家を見舞いで訪ねた際に、本棚に隠してあった手記には驚くような彼のメモが……。
 自分が好意を向けるこの人は「誰かを殺したことがあるのかもしれない」。
 とはいえ、手記だけでは確証もなく、思い悩む理世に無情な現実がもう一つ覆いかぶさっていきます。
 それは同棟のアパートに住む少年課の警部:花島が告げるものでした。

✔崩れていく「正しく幸福な未来」

この遺体のやけどの跡――、「お兄ちゃんと同じ」
 理世と同棟のアパートには、何かと理世の生活を気にかけてくれる少年課の警部:花島が住んでいました。
 「生き別れた兄を探している」という理世に日ごろから相談に乗っている彼が見せたのは富山県で見つかった身元不明の遺体が写る1枚の写真。
 その背中には特徴的な虐待の火傷の跡が写っていました。

 線が折り重なるような痛ましい火傷の跡は、かつて痛ましい虐待を受けていたお兄ちゃんと同じ――、しかし、遺体の身元を聞き調べると、想像もできないような悪人像が浮かび上がってくるのです。
それは誰?お兄ちゃんはどこ?
 お兄ちゃんが死んでいるかもしれない。でも、その人物像は理世の知っているお兄ちゃんとは重ならない。
 現実とは思えず、何かが間違っているのでは、誰かが嘘をついているの?理世は混乱します。そして、もしかしたら自分の思い描いたお兄ちゃんと暮らす未来は壊れてしまったかもしれないということに慄然とするのです。
お布団が冷たい、冷たくて、眠れない。これが私の現実。
 日々の重なりの延長にあるはずの、「お兄ちゃんと暮らす幸福な未来」が崩れ始めたことに理世は眠れなくなり、  布団の冷たさに震えます。

✔一緒にいるだけで幸せと思える人

血がつながっているだけじゃ、家族にはなれない。
 「あんな人だとは思わなかった、あの人は私を幸せにはしてくれなかった」。両親が離婚した後、母方に引き取られた理世は常に母の口から父の否定を聞いて育ちます。
 そして再婚を夢見て出会いを求める理世の母は恋人ができると理世を実家に放置し「今度こそ幸せになれる」と繰り返すのです。

――わたしが傍にいるだけじゃ、お母さんは幸せになれなかった。
 誰かの幸せになりたい。一緒にいるだけでいいって、誰かに思ってもらえる存在に。


 愛を知り得なかった理世が、無意識に抱き、欲していた存在が「ただ自分がいるだけで幸せを感じてくれるような人」。それは幼少期の「お兄ちゃん」でもありました。

 読む内に、「正しい家族」として得られる普遍的な愛情というものがいかに得難いものであるかを感じます。
 夢心地に生きてきた理世が成長と共にある日、不安定で不確定な未来を突き付けられる。それは残酷なようで、しかし受け入れざる得ない現実なのです。震える理世を海利は抱きしめ、温めます。
 寄り添うように互いを温め合う二人。けれども海利の秘密は解けぬまま、そして「お兄ちゃん」の行方も分からない。

 夢を見て生きてきた理世が誰かを愛することで知る初めての感情。そして受け入れがたい現実に対峙する勇気を得ていく。
 ストーリーの中にはそんな一種の無情さと、しとやかな幸福が描かれています。

正しい家族の形とは何だろう?
 物語の末にたどり着く、二人の正解はきっと多くの方がはっとさせられる理世の答え、ラストシーンは必見です。

▼ 作品情報 ▼

私の正しいお兄ちゃん

著者:モリエサトシ


(C)モリエサトシ/講談社