日常で目にする異次元の世界
スポーツ中継やWEB配信で、日常的に目にする異次元の世界。それがトップクラスのアスリートの世界です。鍛え抜かれた肉体はもちろん、プレッシャーに打ち勝つ精神力、そして想像もできないほどの練習量によって培われた技。
ランニング、水泳、体操、ダンス。競技の内容は問わずとも、人が持つ可能性を最大限に開花させた才能と、想像できないような努力の結実には舌を巻くばかりです。
世界のトップアスリートが支払う対価とは?
時おりテレビの企画などでアスリートのスケジュールやライフワークが公開されると、その練習量や制限・管理された食事内容にも驚きます。怠けている時間はなく(当たり前ですね)勤勉でたゆまぬ努力を、競技によっては年端もいかないころから続けていくのが「当然」。
トップを目指すために一生を捧げているといっても過言ではないかもしれません。
そんなアスリートたちが大会で競い合い、一番を勝ち取って初めて得られる証明が金メダル
次に来る漫画と話題を呼ぶ『メダリスト』はフィギュアスケートに全力を注ぐ少女とそんな彼女を支える大人たちの熱が描かれる作品です。
スケートを滑るために一生を懸けても
スケートに全てを注ぐ厳しい競技世界。そのトップを目指すのには一生分の時間を懸けても足りないのかもしれません。でも、二人分の人生を懸けるなら?
「次にくる漫画大賞2022」に第1位として選ばれ、2025年冬よりアニメ放送で話題にもなった注目作。華やかなリンクとその幕裏にまで踏み込んだ、情熱の舞台へ滑り出してみましょう!
スケートで食べていくのは大変!
華やかで過酷なフィギュアスケートの世界!
氷結ぶ冬となれば、毎年メディアでも賑やかに取り上げられるフィギュアスケート。滑らかな動き、優雅な仕草、スピードに乗って挑む難易度の高いジャンプと、その演技には惹きつけられる要素が無数にあります。
また、世界で開催される競技会でも日本の選手が上位に多く入賞するように、実はJAPANはグローバルな視点で見てもスケートの強豪国! 年々人気が高まる中で華やかな舞台に立てるのは一握り。しかもそんな選手も多くは大学卒業の年で引退するように、競技に懸けられる時間のリミットも限られています。
優れた才能を持っていてもスケートで食べていくのは難しいということ。
アイスダンス選手として全日本まで進んだ明浦路司は現在無職
プロスケーターになるための登竜門、全日本選手権への出場実績を持ちながらアイスショーのオーディションには落ちてしまい、フリーターとして日銭を稼いでいた司。
夢を諦めきれずスケートに打ち込んできたものの26歳というスケーターとしてはリミットが迫る(20代でリミットなんて……!)自分に限界を感じていました。
それでもフィギュアスケートからは離れられずいたところに、アイスダンスでペアを組んでいた高峰に彼女が所属するスケート教室のコーチをしないかと誘われます。第一線から引いて指導者に。
けれど自分の実績に自信が持てない司はなかなか踏み切ることができません。
スケートをするのも大変!
結束いのりは自分に自信が持てない小学5年生
そんな司の前に現れたのは、内気な少女・結束いのりでした。勉強も運動も苦手で学校でも馴染めず、自分に自信がない。そんな自分を変えたくて、姉が習い事でやっていたスケートに夢中になり、テキストを教材に一人練習に打ち込んでいたのです。
でも、しっかり者のお姉ちゃんだって途中で挫折したのに、内気なこの子にスケートなんてできるのかしら……と、いのりの母は懐疑的です。
アイススケートってお金が掛かる!
リンク上でしか実践できないアイススケートは練習できる場所が限られます。通える時間、そしてスケート靴を始め、専用の用具を揃える費用も。(ちなみに好奇心で調べたところ、季節を問わず滑れるスケート場は都内でも僅か。入場料も2000円以上でした。週に数回通い、レッスン料なども加わると思うと……想像するのが怖いですね。)
ちゃんと取り組もうと思うと、アイススケートってお金が掛かる! だからこそ、周りのサポートはもちろん何よりリンクに取り組む本人のやる気が肝心なのです。
トップスケーターの世界
コーチは褒め上手!
司といのり、そんな二人が出合い、物語は滑り出すのですが、最初にいのりの才能に気付くのは司の特異な“目”。
自己流と自主練だけでアイススケートの基礎が完成しているいのりに驚き、尚且つ彼女がスケートに懸ける執念を感じた彼は。
もうさっさとやらせましょう。
自分がコーチのなることにも、二の足を踏んでいたのに……すっかりやる気スイッチがオン。
そう、実は司先生。かなりの熱血、さらに選手のいいところ見つけて伸ばす褒め上手なのです。
『メダリスト』の面白みの一つは選手としては、勢いに乗り切れなかった司がコーチとして教える側にまわったとき、大きく成長をしていくという点。その導きに手を引かれるようにいのりのスケート技術はどんどん前へと進みます。
このアップテンポな成長がめちゃめちゃ気持ちがいい!
個性豊かなライバルたち
そんな二人がトップを目指すアスリートの盤上に躍り出たことで出合う、幼いながらも、個性豊かなちびっこスケーターたちもそれぞれ魅力があります。
猫耳のような髪型が愛らしく、ダンスステップがチャーミングなミケこと、三家田 涼佳ちゃん。
メダリストの父を持つゆえの葛藤を持つ、鴗鳥 理凰くん。
斜に構えていた彼が司先生に心を開いていく様子は見逃せません!
そしていのりのライバルとなり、目指すべき指針となる天才少女・狼嵜 光ちゃん。
手掛けるのはつるまいかだ先生
デジタル線画を活かした流れるようなペンタッチが特徴で、軽やかで、重力を忘れさせるような独特の浮遊感を画面上に生み出します。描かれる見せ場のジャンプやダンスはどれも絵としても美しく、眺めていたい絵画的な力があります。
一方重さや力強さも描ける幅の広さがあり、これからも更なる伸びしろを期待させる作家です。
コーチとして実演を見せる司先生のスケート場面は必見!
そして時折挟まるコメディがどれも面白い!
描線の魅力にユーモアの小技が利いたストーリーがこれからどう加速していくのか楽しみです。
人生二つぶんの勇気
最初はできることが増えるのが嬉しかった。でもスケートの楽しさに目覚め世界を目指す上で練習時間が増え、それに付き合ってくれる司の姿に、いのりはやがて気づきます。
自分の夢を叶えるために、司は自分がスケーターになる道を閉ざしてしまったのだと。
そして、今は自分が世界一になることが彼の夢になっているということにも。
かつて夢をみていた子どもらが大人になり、次世代を支える楽しさと、ときに感じる切なさを多角的な視点でみられる点も当作品の魅力です。
自分の夢が叶わなかったとき次の世代に託すというのは少し切なく感じますが、
二人を見ているとそうではなく、人生が合わさり長いレールとなって続いていくような面白さを感じます。
しあわせの語源は「仕合わせ」であり、「為し合わす」から由来しているといいます。
一生では足らない人生の時間を誰かと合わせ、重ねていくことには深い喜びがあるように感じます。
リンクの上で燃える激情。本作で二人分の努力と熱意に触れてみるのもいいかもしれません。
▼ 作品情報 ▼
メダリスト
著:つるまいかだ
(C)つるまいかだ/講談社