求めるは”完璧な未来”
選ばれし勇者"アルバス"は、魔王討伐という偉業を成すと王国民からの期待を一身に背負う英雄。
物語は彼の旅立ちから始まる…のだが、どうやら様子がおかしい。
王様が直々に出席する、出立の儀式も、パーティー編成もせずそそくさと旅立ってしまったのだ。
唯一、田舎出身の僧侶だという娘・フィオナを半ば強引に連れ去って…。
というのも、アルバスはなんと魔王討伐の旅ははじめてではないという。
なんと、選ばれし勇者に授けられた異能、「死」をトリガーに「旅立ちの日」にループする能力が備わっているのだ。
すでに35回もの旅を経験し、中では何度か魔王討伐も果たしたそうだが、なぜまたループしているのか。
それは、「愛犬・ラッキー」の死をはじめ、魔王討伐を果たしたとて、彼の望む"完璧な未来"ではなかったからだという。
すべては"完璧な未来"のために、彼は再び、36回目の魔王討伐の旅に再出発するのだ!
とはいえ、すでに体験した旅路は、不必要な出来事を先回りして回避…メタ読み連発…さながらタイムアタックと言わんばかりのショートカットの旅。(*RTA競技のようだ…。)
そう、"完璧な未来"には早さも必要なのだ。
手慣れた様子で、飄々と振る舞い、突然の困難もお見通し、さらりと解決をしてドンドン突き進む!
時折おどけた様子で、余裕のある攻略を進めるアルバスだが…ふと、暗い表情も垣間見えて…。
*…RTAとは、ゲームを最初からプレイして実時間でどれだけ早くクリアできるのかを競う遊び方のひとつ。 ゲーム内の計測時間ではなく実時間での計測時間を競うことから「リアルタイムアタック」と呼ばれる。
勇者の抱えるモノ
タイムループし続ける作品はたくさんある。
いずれもドラマやストーリー、緻密な伏線、そして主人公の葛藤が絡み合い、エンディングでカタルシスとなり感動を生む秀逸な作品ばかり。
しかし、作中の同じ時を繰り返す主人公はどう思うだろうか。
考えてみてほしい、何度も同じ事を、望む未来のために何度も繰り返す事を…。
同じ会話、同じ展開、同じ別れの時…、いくらやってもやがて最終的な運命の収束に左右される。
それは想像を絶するほどの苦難であろう。
アルバスも例にもれず、どこか疲れたように見える表情や、何事にも動じない態度は未来がわかるからこそもあるが、何度も繰り返す事の苦痛と難しさを知っているからだろうと推察できる。
救いたいと望む未来が完璧であればあるほど、アルバス自身を苦しめるのだ。
完璧な未来を望み挑戦するには希望を内に秘めているとも言えるが、同時に絶望も直面し続ける事になる。
それでも、内に秘めた想いを抱えて最速で最善の選択をし続ける。
それこそが、選ばれし勇者の偉業とも言えるかもしれない。
メタ読み上等、根っこは超王道
『廻天のアルバス』では、最速攻略のためにアルバスによるメタ読みが炸裂し、あっさりと攻略していく様子がある。
これは何度も繰り返す事による、神視点の技とも言える。
すべてを俯瞰して考え、この人物の性格はこうだからどう対処する…この事件の解決方法は…この魔物の習性は…など、過去経験した苦悩も思い出も、すべての展開を知るからこそできる神のような攻略法だ。
このメタ的な考え方もチート能力として面白いが、日本のファンタジーRPGライクな世界観だからこそ、すべてを俯瞰する"プレイヤー視点"の私たちに重なるものがあり、よりユニークに感じる。
しかし、あくまでもアルバスはこの世界の勇者であり、登場人物の一人なのだ。
想定外の反応や展開、そして改めて見る見慣れた者たちの意外な一面など。
少しずつ変化する展開、人の気持ちと想い、そして勇者と魔王の結末…アルバスは仲間を信じ望んだ完璧な未来を目指す。
この物語の根っこは王道ファンタジーそのもの。
勇気あるものが、人類平和のために奮闘する物語というベースがあるからこそ光る、設定の面白さ。
『廻天のアルバス』はファンタジー世界の、勇者一行の冒険譚として、上質に仕上がっていると感じた。
これが、わたしが『廻天のアルバス』を"超おすすめしたい" 理由のひとつだ。
廻天のアルバス / 作品概要
原作:牧彰久 / 作画:箭坪幹
全てを知るタイムループ勇者の超高速再冒険魔王を倒した。世界は平和に。でも、間に合わなかった。なぜかこの冒険を繰り返している勇者アルバスは、急ぎたい。これは世界を救う物語であり、そして――全てを知っているタイムループ勇者の魔王討伐譚この1巻を読み終えた時物語の意味は――すべて裏返る二度読みたくなる超高速再冒険ファンタジー!
(C)牧彰久・箭坪幹 / 小学館