15歳の真っ直ぐであたたかな眼差しが、人が持つ多面的な魅力を浮き彫りにする傑作!『スキップとローファー』

クラスメイト8名の田舎から、都会の進学校へ!
 カニのハサミのような形をした石川県。その爪の先辺りにある、“とある田舎町”で生まれ育った女の子が、東京の高校へと進学し、多くの人と出合い、友だちになっていく。
『スキップとローファー』はあらすじにしてしまうと、なんとも素朴な話です。
 しかし、一度ページをめくり読み進めると、深みと味わいがあり、懐かしさを感じ、心を揺さぶられ、勇気づけられる。きっと誰かの宝物になるような、かけがえのない物語であることに気づきます。
 連載誌は講談社の『アフタヌーン』。
 流行や時代性に鋭い気鋭の作品が連なる、勢いある青年誌です。
 仕事をしていて、もしかしたら結婚していて、ときには子どもがいて、あるいは独立して生きている。そんな酸いも甘いも知りつくした大人読者に向けて紡がれる、15歳の少女の視線の、なんとクリアで鮮やかなことでしょう!
 漫画好きの読者間で静かに、熱く話題となり、2023年4月にはアニメ放送が開始され、注目が集まる本作。
 もちろん現役高校生にもおススメですが、大人だって深く味わえる! 本作の主人公、岩倉 美津未いわくら みつみちゃんの眼差しに迫っていきましょう。

✔首席で入学!初日に遅刻…?

過疎化の進む田舎で生まれた神童が、東京の高偏差値校に、いざカチコミ――!
 石川県の最北端にある、過疎化が進む田舎町。中学生のころは1クラス僅か8名だった岩倉 美津未が進路に選んだのは、東京でも指折りの高偏差値進学校でした。
ヒュウ、美津未なんておもしれー女。
志の高い彼女の夢は?
 夢は、愛する故郷の過疎化を打開すべく、政界進出!そのためにはT大法学部を首席で卒業し、総務省に入省。キャリアを積んで過疎対策に大きく貢献、定年後は地元に戻り市長に――。と、待望を抱く彼女にとって高校の3年間はステップアップに過ぎないのです。
 え、じゃあこの作品はそんな政界進出サクセスストーリーなんですか? ってことなどあるはずもなく、初日から踏み外す、愉快な美津未……。
勉強はできても、それ以外は不器用な彼女
 意気揚々と出陣したものの、都会の駅は迷宮で、車内は人がいっぱい! 初めての満員電車で人酔いしてしまい、途中下車。そしたら見事迷子に……。 
 迫りくる、始業式の時間に蒼褪めていると、同じ高校の制服で、同じく遅刻ギリギリの男子生徒に学校に連れていってもらえることに!
 地獄にホトケならぬピンチに男前! なんとか、始業式の挨拶に間に合うことができたのです。
 そう、実際に優秀な彼女はなんと学年の首席。始業式には代表としてのスピーチが控えていました。
 しかし、無事、代表としての挨拶を終えたものの、緊張が解けた瞬間、睡眠不足+遅刻寸前の急ダッシュの反動がきてしまい……。担任の美人教師の胸元へダイブし、胃からせり上がってマーライオンに!
 え~と……。
 人って完璧じゃない方が魅力的だと思いませんか?

✔あなたなら変な子と友だちになる?

変な子が現れた!あなたならどうする?
 進学校に学年首席で入学。だけど大遅刻。緊張のあまり担任教師のセットアップスーツにゲロをぶちまけ(oh…)、教室での自己紹介では大滑りしてしまったクラスメイトに「よろしく」と言われたら、あなたならどうしましょう?
 美津未の後ろの席に座っていた、江頭ミカの反応は――、そっけないもの。
 つい先ほど別の子としていた、アドレス交換にも応じてもらえません。
 まーね、気持ちはわかるけども! カナシイ……。

しかし、変な子の隣に……イケメン!あなたならどうする?
 しかし、遅刻寸前の美津未を案内してくれたのはなんと学年一のイケメン、志摩 聡介しま そうすけくんでした。
 電車内で隠し撮りをされたり、学年違いからも告白されたり、その対応もスマートだったり! なルックス◎で持ち前の爽やかなやさしさでモテモテの彼。
 そんなクラスでも注目される男子が、変な子、美津未を面白がり、仲良くなりたいご様子なのです。
 そうとなれば……、
 うん、なんと都合の良いこと~!

 すっかり、変な子としてクラスメイトに認識されてしまった美津未。ですが、「志摩くんと仲が良い」というアドバンテージで、入学初日からカラオケに誘われたり。良かった…、ね?
 そこに鋭い指摘が入ります。

「ダシにされてるって気づいてる?」
クラスでも目立つ美人な村重結月からストレートな発言。でも美津未はダシにされてるとは気づいていなかったのです。

✔心に残るいつかの日の風景

学生時代に出合う“スクールカースト”という言葉。
 “スクールカースト”という言葉を知っていますか?
 辞書によると、学校のクラスの中で能力や容姿などにより生徒それぞれが格付けされ、階層が形成された状態。

を指すようです。

 カーストという言葉に良いイメージが湧かないように、それは人間関係に対する子どもじみた捉え方のようにも感じます。

 それでも。
 気がつけば大人になっても、何かの物差しに縛られているときがあります。
 仕事があるか、給与はどの程度か。結婚しているか。子どもがいるか。若いか、そうじゃないか。

淋しくて、友だちが欲しいと思っていても
 一人ひとりにそう違いはないはずなのに、何かの物差しで測られた瞬間、強くなったり、弱くなったりする。
 「変だな」と思いながらも、その秤に振るい落とされないように必死になっている。
 そんな自分に気づくことが、あります。
一大イベントバレンタインデーに向けて、楽しさだけではなく打算的にチョコレート造りに励む江頭ミカの背中。短い台詞と絵で感情が揺さぶられる場面です。
「私、岩倉さんにやなやつだったもんね」
 話は進み、クラス対抗バレーボール大会の直前。
 何故か仲のよくない自分に指導を頼んできた運動オンチの美津未に、江頭ミカは疑問が募ります。
 でも、美津未は、ミカが「志摩くんと仲良くなりたくて」打算的に近付いたことも、やなやつであることも気づいておらず、ただ純粋に教えるのが上手いからと。
 それはミカが「いままで努力してきたのがわかるから」だと答えるのです。

✔真っ直ぐな眼差し

 本作を読み始めたとき。主人公、美津未ちゃんに対する印象は「少し変わった面白い子だなぁ」というものでした。
 それでも読み進めると、自分がどこかに置いてきてしまったような真っ直ぐで鮮やかな眼差しを持ち、それを思い出させる明るさを持った子だとも気づきます。

ある一面が、その人の全てじゃない
 交通手段の発達した現代、一生で出合う人の数は30,000人ともいわれています。
 インターネットでは、開いたページを、人は0.3秒〜0.5秒程の一瞬で、直感的に判断しているのだそうですが、ネットサーフィンでスワイプするように相手を判断したことはないでしょうか?
 何も考えず、 自分に必要か、そうじゃないか。この人は合わないかも、面白いかも。一瞬でわかるはずもありません。
 わずか8人しかクラスメイトがいなかった地方出身の美津未ちゃんの眼差しはもっと深くを見ること、知ろうとする大切を教えてくれるような気がします。

誰だって明るさと、暗さを持っている
 本作が上手いのは、人の一面を切り取り、それを全てにして終えないところ。
 誰かに雑に扱われたこともあれば、自分への誰からの関心の矢印を、無碍に扱ったこともある。
 誰もが持っている心の陰影のグラデーションのようなものを偏らせることなく丁寧に描き出しています。
 私が印象的だったのは、美津未が東京に住むに当たり後見人となったナオちゃんが泣く場面。
 性別的には叔父であり、心は叔母であるトランスジェンダーのナオちゃん。
 いつもタフな彼女がある日「美津未の誕生日を“わざと”祝ってあげられなかった」とこぼします。
 本当は少し無理すればケーキくらい買ってあげられたのに仕事を言い訳にして、しなかった。と。
 彼女に幸せになってほしいのに、叶えられなかった自分の夢や、青春を当たり前に持ってる、若く、真っ白で、純粋な彼女が眩しくて辛い。
 それは読者である自分の気持ちにも少し重なりました。

何かを思い出せそうで、掴み切れない感覚が心地よい
 誰であれ、「こうだったら良かったのに」と過去の境遇に感じることは特別なことではないと思います。
 捨て去った過去もあれば、同時に捨て去ってしまった自分もあるでしょう。
 それでも、あのとき自分が持っていた真直ぐさを思い出すことは明日に何か小さな輝きを灯してくれるような気さえするのです。
誕生日を祝えなかった翌日、ナオちゃんの用意した「朝食」に大喜びの美津未ちゃん
 『スキップとローファー』は何か結論を決定づけるような作品ではありません。
 それでも、主人公美津未の眼差しを通して、相手を深く知ろうとすること。純粋に物事を捉えようとする。
 何かをつかめそうで、つかめない。わかろうと思う感覚が心地よいのです。
 いつか足の裏に当たる、アスファルトの硬さを感じたことがあるように。
 この感覚を知っている。憶えていると、何か大切なことを思い出し、それを受け止めようと手のひらを拡げさせてくれるような、素晴らしい作品です。

▼ 作品情報 ▼

スキップとローファー

著:高松美咲


(C)高松美咲/講談社