妊娠中の妻の体に夫(オレ)が乗り移る!?『朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート』は全男性陣と読者の心をムチ打つ快作!

永遠のテーマ。それは男女のすれ違い。

 本作『朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート』でも、主人公:優一(俺)が、出産を終えた妻:華に離婚を切り出されることから始まります。
これからが大変というときに、まさかの離婚宣告。いったい何があったのでしょう?
俺は良い夫であるはずなのに、どうして??

 愛する妻からの突然の宣言。しかし心当たりがまるでない優一は驚き転倒し、気絶(ちょ、ちょっと情けないぞ!)。
 意識を取り戻すと……、時間は出産当日より32週も巻き戻っていて――、なんと

優一の意識は、妊娠初期の妻:華の体に乗り移ってしまっていたのです!?
……おめでとうございます。まさかの W 主演!一人二役「夫(オレ)+妻(コッチも中身はオレ!)」

 と、 「俺」しかいない出産までの妊娠生活の幕開けに主人公も読者も大困惑。
 しかし、こうして、妻に憑依した「俺」は、妻の目線で夫である自分を見つめなおし、何故出産当日に妻から離婚を決意されたのかを知っていくことになるのです。

 そんなストーリーの主軸の面白さにも増して、注目すべきは作中で優一が直面する、鋭い言葉の数々!
 何しろ離婚宣告をされるまで、妻:華の心離れに気付けない優一に、現実を知らしめる台詞回しですから、刺さること、刺さること。
 そしてそれは巡りめぐって、読者にとっても思い当たる、身につまされる問題として際立っていきます。

 可愛らしい絵柄と、「男性が妊娠?」と、不思議なタイトルに油断した筆者も、ゴルゴダの丘へと向かう聖職者のごとくムチに打たれることになりました。

 「パートナーに読ませたい!!」と女性読者からの快哉が叫ばれる本作。今回は作品の中でも特に響いた言葉をピックアップ。自分は良い夫だ、恋人だと思う男性陣はもちろん、下記のチェックボックスにひとつでも当てはまる方は一緒にビッシバッシムチ打たれにいきましょう!

↓↓こんなこと思っていませんか?↓↓
もし新入社員が
「これから一生懸命仕事を“手伝います!”」
って言ったら、コイツやべーなって思わねぇ?
 そもそも愛する妻:華にどうして優一は三行半を突き付けられる未来を迎えてしまったのでしょう?
 時間を巻き戻し、「妻としての目線」で妊娠期間を過ごすにつれて、「俺(夫)の妻へのやらかし」が謎解きのように明らかになっていきます。

その代表格が当事者意識の薄さ。
 自分の子どもの育児を「手伝う」というのは確かにおかしな話、しかしそれは優一の観点ではなく、世間の見方でもあるのです。

□仕事がつらく、育児休暇が羨ましい。

にチェックしたあなたへのムチ。
「育休」は休みじゃねぇ、育児戦闘開始だ。
 国勢調査でも、働く世代の晩婚化、未婚率の上昇について指摘される昨今。職場の「育休取得者」を心のどこかで羨ましく感じたことはありませんか?
 出産・育児の凄絶さは当事者にしかわからないことですが、さらに子どもの性格や丈夫さによって、世帯一つひとつが直面する困難さは異なります。
 一面だけを見て、または自分の経験だけを主体に物事を解釈していないか。これは男性だけではなく女性も改めて持ちたい視点です。

 このように妻の体に憑依した優一の目線を通して、無意識に読者が持つ自分本意な観点に容赦なく言葉は突き刺さります。

□女性だけど「嫁が欲しい」と言ったことがある。

にチェックしたあなたへのムチ。
「妻も奥さんも、誰かの世話をするためにいるわけじゃないからさ。女のウチらが言うのはやめようよ」
 「女だから」、「男だから」。著名人のジェンダーに関わる発言がきっかけで、炎上するニュースをよく目にするようになりました。
 性差での決めつけを捨て、もっと個人を尊重するべき。それは頷ける面もあります。が、偏見について抗議する人は、その偏見を形成する世間に、本当に無関係なのでしょうか。

 当作品に好感が持てたのは、一方的に男性だけを悪者にしているのではないということです。
 確かに話のテーマの一つは、妊娠の大変さを男性に身をもって知ってもらうこと。
 しかし、それは夫に思い知らせて罰し、カタルシスを得るような単純な話ではありません。
 小柄な華の体になった優一は、妻の目線で始めて知ることの多さに驚きます。そしてそれは読者の目線までも変えていくのです。

□家は楽でいられる場所だ。

にチェックしたあなたへのムチ。
「めんどうなことを乗り越えてでも、一緒にいたいって思うから家族になるんだよ。楽なだけなら、いつかは破綻するでしょ?」
 男女が結ばれて、ハッピーエンドで終わる。おとぎ話には「その後の二人」については書かれていません。
 誰かと人生を共にする、「結婚生活は決して甘美なだけではない」という事実から、私たちは目を逸らしがちです。
 「一緒にいると楽だから」。それはパートナーに求める一つの基準かもしれませんが、それだけを求めた優一の未来は冒頭の通りに。
 子どものことや、お互いの家族こと。将来について話し合うこともあれば、生活の中で何を線引きし、助け合うのか。決めていくのはときに面倒で、それがストレスになることも。
 しかし、その困難を乗り越えてこそ一人では得られない幸福もまたあるのです。

□大人が、変わることは難しい。

にチェックしたあなたへのムチ。
「逆に 20~30 代でアップデート終了とか、ヤバすぎ案件じゃないですか?」
 当作品を読んでいると感じるのは爽快さと、同時に身につまされるいたたまれなさ。

 夫が育児に無関心だ。パートナーにストレスを感じる。恋人がほしい!結婚活動が上手くいかない。
 未婚・既婚、男女を問わず、愛することへの悩みは尽きません。
 もし今、愛について悩み、変わりたいと感じているのなら、必要なのは激励であり、喝であり、真摯な愛のムチなのです。
 正直これはもう、少女漫画の可愛らしい絵柄を被った、育児・恋愛の啓発本といってもよろしいかなと。

 作中の優一も大人になってから変われるかな?と不安そうですが、変われるか?ではなく、進化しないものに明日はこないのです。
 更新をあきらめたら、そこで人生は終了ですよ。

「これからについて、もっと、夫であるあなたと話がしたい。2 人で変わっていきたい」
 作者の車谷晴子先生は、いくつもの作品を手掛けてきたベテラン作家。描くことは鍛錬といいますが、繰り返し培われてきた筆力による、テンポの緩急、話運びは見事の一言です。
 鋭いセリフ回しとコメディ調で物語を進めながら、シリアスで温かな描写はページを捲る手を止めさせ、胸を打ちます。

 作中ではまるで思いやりのない夫……として描かれてしまう主人公:優一ですが、決して読者が見捨てることのないように、応援したくなるような魅力や期待も忘れてはいません。
 優一が妻に憑依することで消えてしまった、華の意識は果たして戻ってくるのか?そのためには夫である自分自身が変わらなくてはいけないことに優一は気づき始めます。
作品の激が、「もし自分だったら――」と、常に読者を現実へと引き戻す。
 創作を読むとき、私たちは物語に共感して、心が揺さぶられ、ときめいて、感動します。
 でも、その一方で「しょせんはフィクションだから……」と、どこか自分と切り離してしまうのが当然です。

 しかし、優れた作品は、読者が現実で経験を得て、何かを知るのと同じようなショックを与えます。
 それは作品に触れた後も、日常を今までとは違う目線で捉える力を養ってくれるのです。

 夫が妻に憑依して、妊娠・出産を経験する。

 『朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート』は、現実ではまず起こりえないシチュエーションを描きながら、他者と人生を共にする困難さをわかりやすい表現で、面白く、シビアに伝えています。

 なかなか刺激的な当作品。ときに読んでいるとムチ打たれる気持ちにもなりますが(アイテテ!)、
 その言葉の一つひとつこそが、創作を読む私たちを常に現実へと引き戻し、日々と真剣に向き合う上でのカンフル剤にもなりえるのです。

 「相手を愛し、思い遣ること」は、感覚ではなく、修練により培われる。愛することの覚悟を問う、現代の指南書ともいえる快作です。

▼ 作品情報 ▼

朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート

著者:車谷晴子


(C)車谷晴子/ 講談社