カメラに映る、ヒロインの姿は“真実”なのか、それとも――? 諦めきれない破滅的な恋を描く『往生際の意味を知れ!』

運命の女は、破滅を呼ぶ女?
 フランス語が語源の『ファム・ファタール』とは男性にとって「運命の女」と訳されます。そして同時に、「男を破滅させる魔性の女」という意味も。
 2022年には約80億にも達した世界人口。
 その無数の中で、「この人しかあり得ない!」という相手に出逢えることはまさに奇跡のような幸運。
 でも、もしその相手にフラれてしまったら――?
 そして、その相手が突如失踪してしまい、さらに、その相手が手に負えないような、とんでもない人でしたら、どうしましょう?
 運命的というのは奇跡のようで、ブレーキの壊れた乗り物のように、破滅を招く恐ろしい面をも持っているのかもしれません。

“米代ワールド”次の舞台は現代日本?
 類い希なる作品設定で、話題を浚った終末世界そっちのけの不倫SF『あげくの果てのカノン』で衝撃的な初連載を飾った、米代 恭よねしろ きょう先生。
 突き抜けたキャラクターたちや、エッジの利いた恋愛・心理描写が独特で、“米代ワールド”と読者に支持される時代感覚の鋭い作家の一人です。
 そんな米代恭先生が手掛ける今作『往生際の意味を知れ!』の舞台は現代日本――? ながら、これまた、奇妙な夢のように、不思議な世界が展開していきます。
 はやくも2023年にドラマ化が決定し、いよいよ注目が高まる米代ワールド。そこで描かれる美しくも危険なヒロインや、その背景に迫っていきましょう!

✔市松海路の執着

29歳、公務員、T大卒、ハイスペックな彼の望みは――、執着。
よくある居酒屋、よくある合コン、よくある自己紹介で――。「元カノと結婚したいです」と、爆弾発言をする彼こそが、今作の主人公、市松海路くん!
 T大出身のエリート男子でありながら、彼は7年前に別れ、失踪した“元カノ”のことが今も忘れられないようなのです。

 ちょっと、怖いけど。まぁ、そのくらいならよくあるんじゃない? で済ます事なかれ。
 彼は学生時代に映画を撮っており、なんとその作品は国際映画賞も受賞(すごい!)。元カノはその作品に出演していたヒロインだったそうなのです。

 フィルムが手元に残っている市松は、毎晩のように自宅で自作の映画を投射しては、その幻影に話しかける始末。
 しかも、元カノの写真や元カノからの贈り物もそのままに。さらにはいつか渡す元カノへのプレゼントも蓄え続け、「元カノが訪ねてくるかも知れない」と、就職した今も、学生時代に借りた思い出のアパートから出ることができないのです。
 う~ん、執着してますね!
彼を襲う突然の不運
 元カノが去った今も、思い出の品や、フィルムがあるからこそ、いつまでも忘れることができない。歪みつつも幸せ? な日々。
 どっこい、もちろん、そこは“米代ワールド”。そんな膠着を許すようなストーリーではありません。 
 なんと、わずか1話にして彼のアパートは原因不明の火事により全焼してしまいます!
 家具や財産の消失よりも、元カノとの思い出や、連絡手段の無い彼女が憶えているだろう唯一の自分の場所が消失し、自殺すら考える市松海路。
 そこに掛かってきた1本の電話の通話主こそが、彼にとって運命の元カノ「日下部日和」だったのです。

✔日下部日和の嘘

市松くんに私の出産記録を撮ってほしいの
コロンとした太めで丸みのある眉に、長く美しい睫、印象的な瞳の可愛らしい人ですが、なんて読めない発言をする女性なのでしょう……。
 失意の市松海路の前に、突然、前触れもなく電話を掛けてきた元カノ、日下部日和
 連絡手段もなく、7年の間待ち続けてきた彼女との線が繋がり、しかも再会の機会まで得ることに!
 トントン拍子の流れを喜ぶ暇も無く、出合って早々の彼女からの「お願い」がまたとんでもない。
 驚くべきことに、元映画監督の市松に、自分の出産記録を撮って欲しいというものでした。ええー!
 出産……ということは、彼女には今や恋人がいて、妊娠しているということ?
 結婚したの? それとも妊娠……と、ショックと失意にグラグラとバランスを失いかける市松に、日下部日和は笑いかけます。
 「これからするの、だから――」と、またしても奇天烈な「お願い」を告げます。
初めて読んだとき、可愛い子だなぁと思い、光の差す描写も美しく、この素っ頓狂な台詞が入って参りませんでした。う~んなんてエキセントリック!

✔嘘を暴くための真実

運命の女の「出産ドキュメンタリー」を撮る、その目的は「うそを暴く」こと
 「市松くんは、扶養も認知も、しなくていいの。父親はいらない。セックスもしない。でも私は、子供が欲しい」
 だから、精子だけ容器に入れてちょうだい。というあまりに頓狂なお願い。しかもその理由も、背景も、真意も謎のまま……。
 しかし、この元カノ日和にして、この彼、海路あり!
俺がいないとダメな人間にすること……、そんな愛し方もあるのですね??
 却って市松はそれを“幸せだ”“チャンスだ”と感じ、千載一遇のリベンジマッチの機会に内心笑います。
 実は、学生時代恋人の関係ながら清いお付き合いだった二人。
 今度こそ「自分だけを」と頼ってきた日和に、全力で応え、そして自分に依存させてやる! と、海路は誓うのです。

 けれど、再会して間もなく再び、彼女のペースにハマっていくことに……。
 職場に訪れた日和に「排卵周期だから」と突然精子をねだられ(※あくまでも容器にね!)用意できるはずもなく……、すると。
中途半端な人はいらない
 自分にとって「運命の女」である日下部日和にとって、自分は替えのきく人間である事実を突きつけられてしまいます。
 そこで絶望――、するような男ではございません!(よっ! あんたが大将!)

 その事実にこそ火が付き、「出産ドキュメンタリーガチで撮るぞ!」とスイッチオン。
 そんな市松の突き抜けていく様子に、なんだか日和の表情にも変化が……。
 そう、子供が欲しいと、「母になること」を願う彼女の本当の目的は、実の母に復讐することだったのです。

✔日下部日和の本当

本当を撮ることが、嘘を暴くことに繋がる?
 同作の作中では大人気沸騰・連載中のエッセイ漫画が登場します。そのタイトルは『星の3姉妹』
 内容は癒やし系の可愛い絵柄で展開する、山あり谷ありのノンフィクション家族エッセイ。
 大らかで明るい母、ネガティブだが優しい父、いつもご機嫌な長女、ませてる次女、甘えん坊の三女。
 父母の姿をフクロウのキャラクターに変えて、笑いあり涙ありの日常が綴られています。

 しかし、この漫画は「“母の”歪んだ認知と願望によって作られている」と日和は言うのです。
 そう、『星の3姉妹』の作者は日和の実の母である日下部由紀。そして、その撮影対象モデルは、日下部日和含む、家族ら本人でありました。
ときにノンフィクションが作為的になることはある
 特にエッセイ漫画は作者のフィルターを濾すことで、表現には多少の曲解が生じます。
 しかし、日和はそれだけではなく、「母は漫画を売るために、父を殺している」と告白するのです。そして、出産ドキュメンタリーという「真実」を撮り、拡散することが復讐になるのだと。

何が作為で、何が本当なのか。
 衝撃の日和の告白。しかしその証拠はないと言います。
 日和の行動も、動機も証明できるものはなく。市松にとって真実なのは彼女への執着だけ。それでも、その地獄のような執着を糧にカメラを回し続けることに……。
「父を殺した」という日和に違うと否定する母、どちらかが嘘をついている?
私たちが日常でフレーム越しに見る世界にはどれくらい真実が混じっているのでしょう?
 ライブ、ドキュメンタリー、エッセイ、ノンフィクション……。
 「真実」を軸にしたコンテンツが多くある現実の世の中でも、フレーム越しに見る世界はどこか現実感を欠いているように感じることがあります。
 面白いのはストーリーを読む内に、スクリーン越しに日和に執着する市松の中にも歪んだフィルターがあり、一方でそんな市松のひたむきな執着を、画面越しではなく生で見つめる日和の心にもいつからか“真実”の変化が起こっていくのです。
 市松のやり直しの恋と執着と、日和のを復讐を軸に撮影が始まる出産ドキュメンタリー。
 ファインダーの先に映るのは、真実か、はたまた暴かれていく嘘なのか……。
 「運命の女」は破滅を呼ぶばかりではない?
 ブレーキが壊れた二人の進む道、その行き先が気になるばかりです。 

▼ 作品情報 ▼

往生際の意味を知れ!

著:米代恭


(C)米代恭 / 小学館