「俺の漫画のために恋愛してこい!」引きこもり作家の無茶振りが炸裂する『レンアイ漫画家』が、新しい愛のカタチを教えてくれる。

天才は変人だ。なんて思ったことありませんか?
 世界的に有名な物理学者が、中学生手前までおねしょをしていた。名だたるカリスマ経営者の多くは性格破綻者である?などなど、書籍やWEBでも好んで話題にされる「天才の欠点やワルイ話」。
 優れた人物の弱点を知ると、「な~んだやっぱり天は2物を与えずだなぁ」と、一種の平等性を感じ、安心するものです。心が狭いですって?
 だって、才能ある人って羨ましいんですもの。

 しかし、いくら優れた能力があるとはいえ、破天荒が過ぎると周りは大変!
ドラマ放送も始まり、話題集中の『レンアイ漫画家』でも、そんな才気あるカリスマ作家が登場し、主人公である苦労人:久遠あいこは、彼のとんでもない要求に振り回されることになるのです。

 本作を執筆する山崎紗也夏やまざきさやか先生は、青年誌ジャンルで活躍される人気作家。
 リアリティのある男女の人間模様・ドラマな展開を次々と打ち出す高い描写力に定評があり、2000年代の執筆作品に至っては2本中1本がメディア化を遂げているという驚異の大ヒットメーカーです。

 才気ある人気作家が手掛けるからこそ、作家として「描くこと」の喜びや葛藤にも注目。
 ドラマ放送により、いよいよ盛り上がりをみせる本作でも、そんな魅力的な登場人物たちの感情に合わせストーリーが躍動するのです。

 葬儀会社に務める久遠あいこは22歳。
 思いがけない巡りあわせにより、高校時代に青春を共にし、片思いの相手であった、純先輩の葬儀に立ち会うことになります。
 突然の事故により、亡くなってしまった先輩。愛した彼は既に一人親となっていて、忘れ形見として、小学2年生の小さな男の子:レンがひとり残されていたことを、あいこは知るのです。
 両親を亡くしたレンを押し付けあう親戚一同に、仕事上の立場を忘れて激高するあいこ(このお姉ちゃんが、けっこう江戸っ子気質であることを知る瞬間である)。

 そうこうする間に、引き取り手に選ばれたのが、純の兄である、こちら刈部清美なのですが、まず人相が悪い(笑)!
 一親等の葬儀だってのに、スーツはヨレヨレで髪はぼっさぼさ。いいえ、もちろん人相や服装で人を判断してはいけません!
 ……判断してはいけないのですが、どっこい、この通りお口も悪うございます!
 こんな男が愛した人の忘れ形見の引き取り手で大丈夫なの? すっかり心配になってしまったあいこは、無関係でありながらも、レンの行く末を案じ、ある出来事をきっかけに清美に接近することになるのです。

✔天才作家は人格破綻者?

レンを引き取る、その代わり……、

 肉親の忘れ形見であり、大人の保護を必要とするいたいけな存在を前に、「子どもなんて知らねぇ、なんで俺が」と、初っ端からあいこ(と我々読者)の神経に爪を立ててくる清美。君はそれでも社会人か!

 そう、清美は確かに、立派な社会人ではあるのですが、その仕事はちょっぴり特殊。
 なんと彼の正体は、作中の漫画雑誌「少女モーニング」にて、18年間もの長期人気連載を誇る少女漫画作品:「銀河天使」を執筆するカリスマ作家だったのです。

 通常作品制作には複数の人が関わるものですが、清美は正に孤高の作家。
 作画を手伝うアシスタントを雇うこともなく、誰にも会わず18年間もストイックに作品に向き合い、その人気は衰えを知らず。

 これほどの才能があれば、何を言っても許される……わけありませんよね!?
ま~なんて人なんでしょ!こりゃノータイム平手打ちされてもいたしかたない! いいぞあいこ、もっとやれ!

✔無茶振りに次ぐ無茶振り!

少女漫画に必要なレンアイ描写。しかし、作者はひきこもり。そこで!

 少女漫画の天才作家である清美の悩みは、自分自身は外界と接触が無いということ。そこで、レンを引き取る代わりにあいこに突き付けた要求はなんと。

「俺の漫画のために恋愛してこい!」

 なんと、清美は引きこもりの自分の代わりにあいこに恋愛をさせ、その経験を作品に活かそうと要求するのです。殿、そんな無茶な!

 あまりに常識のない要求。もちろん最初は反発するあいこですが、レンの引き取り手になるという交換条件を突き付けられ、しぶしぶ了承することに。
 そのような経緯で最初は乗り気ではなかったのですが、清美の担当編集である向後のお膳立てした男性がなかなかの好青年で、イイ感じになってしまいます。
う~ん、こんな好青年と偶然出会いたい!※向後により仕組まれています。
キャラクターたちの性格を映す?背景描写にも注目
 やわらかな描線で描かれるキャラクター達も魅力的ですが、個人的には細かく作りこまれた各人の住まい、背景描写にも見どころを感じます。
 アパート住まいのあいこの部屋、仕事一筋の清美の部屋。清美のライバル作家金城カレンのエレガントな仕事場。向後の殺伐としたデスクなど。
 家具の配置や、散らばる小物にいたるまで、不思議とそのキャラクターの人間性が表れているのです。自身もアシスタント経験がある山崎先生は、おそらくこうしたキャラクターの住まいを作りこむのが上手い、なおかつお好きなのではないかなと。
 ていねいな背景にもぜひ注目してください。

 さて、「漫画のための」レンアイ相手と上手く行き始めたあいこ。うきうきと経験談を清美に語ると、今度は新たな無茶振りが課せられます!
あ、あんさん堪忍しておくれやす!

✔不完全だから補い合えること

 漫画のために恋をして、別れて――、人をなんだと思っているの!?と、気持ちの荒むあいこ。

 こんな交換条件降りてやる!と、決意するのですが、ある日、ストイックに作品に向き合う清美の真剣さを目の当たりにし、心を動かされます。
 そしてさらには、自分の経験が彼の欠片を補い、作品に活きたこと知ったとき、不思議な高揚を感じるのです。
天才も凡人も平等に、完璧にはできていない。
 ストーリーの進む内に、おせっかいで人が良いあいこも、葬儀屋としては短気で、私生活でも家事力が壊滅と、その欠点が明らかになっていきます。

 天才だから人格が破綻しているのではなく、天才であれ、普通の人であれ、無欠な人はそうそういません。
 完璧ではないからこそ、私たちは誰かを必要として、相手の心の欠落のようなもの埋めてあげられたとき、かえって自分も満ち足りるように感じられる。

 恋愛に限らず、仕事でも「名コンビ」と呼ばれる関係は当人たちにとっても心地の良いものです。
 ただ求めあうのではなく、互いを補いあうような関係。『レンアイ漫画家』には、そんな不思議で心地よいつながりが描かれます。

 様々な欲求の芯にある「さみしい」という気持ち。でも、そのさみしさの根底には「誰かのさみしさを埋めてあげたい」という愛のようなものがあるように思えるのです。

▼ 作品情報 ▼

レンアイ漫画家

著者:山崎紗也夏


(C)山崎紗也夏/講談社