ページを開いた先に冒険が待っている!『圕(としょかん)の大魔術師』は圧倒的な描きこみ+書き込みで綴られるビブリオファンタジー!

宝島はどこにありますか?
 私の好きなラジオで「各学会の有識者に、生デンワで子どもたちが質問する」という番組があります。
 聞きどころは、実直な子どもたちの疑問、そしてその回答に四苦八苦する大人たち。
 ある日、地理学に精通した専門家に、こんな一言が投げかけられました。

「宝島はどこにあるんですか?」

 その質問に対する回答が印象的で、今でもたまに思い出すのです。

 「わっはっは、宝島ですか?!これは困ったな。うん――、そうだ。きみの家の近くにも本屋さんや、図書館がきっとあるでしょう。そこで『本』を開いてみてください。宝島は、きっとそこにあります
「本」を開いたらどこへでもいける!

 私たちの身近にある「本」。何かを調べたり、学んだり、知ることも出来れば、一度ひとたびストーリーに没入すれば過去にも未来にも行ける。
 言葉の違う様々な人たちと話し、ときに心を通わせる。そして今ここにない人生に自分を重ねて同情することもできる。

 文字の連なりが詩を生み、律を作り、豊かな世界を見せてくれる。本好きならきっとそんな尽きない本の魅力を感じられたことがあるでしょう。

 そして、そんな本好きたちの間で「この『漫画』はスゴイ!」と今話題になっているのが、『としょかんの大魔術師』なのです!
 まずは説明不要のこの画面をご覧ください!
 圧倒される描きこみ!――、でもスゴイのは「画」だけではないのです。

 2017年12月から講談社のアフタヌーンで連載開始以来、話題沸騰の本作。本好きほどまさしく没入必至のそのディーープな世界観を覗いてみましょう!

その昔、書物は金と同様の価値を持っていた
 物語の舞台は書物が金と同等の価値を持つ架空の世界。そこには私たちが身を置くこの世界とは異なる種族が暮らし、戒律があり、魔法が活きているのです。

 しかし、驚くなかれこの作品、「一般的な異世界ジャンル」とはちょっと違います。

 架空の異世界、つまりファンタジージャンルにおいてよく出てくるのが『エルフ』、『ドワーフ』、『オーク』などの種族。実はこの礎を作ったのはJ.R.R.トールキンの『指輪物語 ロード・オブ・ザ・リング』といわれています。
 トールキンは当時この大作の構想に当たり、架空の世界であるMiddle-earth(中つ国)の地図を描き、各国の気象条件や地質、それに伴う種族の特徴や性格はもちろん、文化、暮らし、ついには言語に至るまで細かく設定を決めていました。
 だからこそ、架空の種族たちは確立された存在として残り、今も「尖がり耳の長寿はエルフ」という型が記号となり、作品間の壁を越え共通の認識として今日にも通じています。

 しかし!『としょかんの大魔術師』はファンタジー作品でありながら、多くの作品に通じるようなエルフなどの種族は出てきません。作品に出てくる、ヒューロン族・ホピ族・カドー族・セラーノ族……などは実は全て同作オリジナルの種族。
主人公:シオは耳こそ尖っていますが、エルフ族、というわけではないようなのです。その彼の生い立ちも巻を増す内に明らかになることに。
 異なる種族の身体的特徴だけではなく、挨拶や文化、各国の気候、戦争の歴史、そして世界に宿る魔法の力。
 さらに「本」に関わる作品だからこそ、言語そして「文字」までもが細か~く設定されているのです(……とんでもないことですね)。
 それも視覚に転換する漫画だからこそ、衣装や風貌なども細かいこと、細かいこと。

 一度読めばこの作品、舞台背景、設定集だけで10冊以上の本になるのでは?!と感じるほど奥行きが練られているのです。と、途方もない!

孤独だった少年が本の力で世界を繋げる

 種族ごとの挨拶や言葉、風習まで細かく作られているからこそ、文化の違いが誤解を生み、すれ違いが起こる。でもそれを越えてくのは――?同作では本を通じて様々な「繋がり」が紡がれます。

 私が好きなのは異種族同士の婚礼が描かれている『姉の結婚』(第2巻に収録)。というお話。同作の綴る世界の無限の奥行きを感じさせてくれる1作です。

✔圧倒的な画力

もはや私の語りは不要です。つべこべ説明せずともまずはこの圧倒的画力をご覧ください。
針も通さぬような素晴らしい密度!
 陰影やディティールが細部までわかるような描きこみの多い画集のような絵が、全コマに渡って展開する様子は正に圧巻といえます。
 さらに「描きこみ」だけでなく、「書きこみ」がスゴイんです。

全コマが発見の尽きない一枚絵。
 先に述べたように、世界背景の設定が細やかに練られている本作では一枚絵の情報量が、とにかく密度が高い!
 衣装の装飾にも意味が込められていたり、縄や紐の結び方にも文化の違いが見えたりと、一コマ一コマを緻密に見ていくとあっという間に日が暮れてしまうような作品です(恐ろしいですね)。でも、そういうのが好きという読者にはたまりません!

 見開き画面はまるでフルスクリーンの映画のよう……。
褐色肌の種族が暮らす村は気候も考慮し、それに見合う建築様式の家や街並みが描かれます。
 作者の泉光先生は今まで有名映像作品のコミカライズを手掛けてこられた実力派。オリジナルの長編作品は初となるのですが、それでこの舞台設定の作りこみなのですから驚くばかりです。

✔本を中心に展開するストーリー

孤独で本に救われてきた少年:シオが本の都を目指す
 こんなにワクワクする世界設定の中で、どんなストーリーが展開するのでしょう?
 同作連載中のアフタヌーン公式サイトでは以下のように紹介されています。

小さな村で姉と2人、貧しい暮らしをしていた少年は本の都“アフツァック”に憧れを抱いていた。そんなある日、一人の司書と出会い、運命が大きく動き出す──。

混血で異端とされてきた孤独な少年の救いは「本」
 小さな村で異種族の姉と二人暮らしのシオ。混血の異端児として村の除け者にされる少年の心の救いは「本」だったのです。
 しかし、同世界では金と同等の価値のある本は、少年がやすやすと手にすることはできません。
 シオが夢見るのは彼が読む物語のように、いつか現れた“主人公”が自分をここではない冒険の世界へと連れ出してくれること。
 しかし、ある日村に訪れた司書カフナセドナはシオにこう告げます。

シオ、主人公は君だ。君が君の手でページをめくり世界を変えるんだ。
 人生には縁というものがあって、風がページを捲るようにトントン拍子に何かが決まっていくことは多々あります。
 けれども話の続きを読むか、その後のページを捲るかは自分次第。
 小さな村でセドナに出会ったシオは、セドナが住まう本の都“アフツァック”で、本を守る司書カフナを目指すことを決めるのです。

✔少年の成長と繋がっていく物語

作品世界の中心的役割を担うのが司書:カフナ
 こうして、本を守る司書カフナになることを決め、村を立ったシオは、彼が想像するよりもずっと広い世界で様々なことを学び、多くの人と、そして「書」に出合っていきます。
 何しろ様々な種族ごとに文字があり、文化がある。綴られる内容はもちろん紙質や装丁技術にいたるまで精通することが司書には必要。
 本を知ることは世界を知ること。
 それは『としょかんの大魔術師』という作品世界に限る話ではありません。

 本作の魅力は一言ではいい得ない壮大で、奥行き無限の世界観。
 孤独だったシオは、本を守る司書カフナになることを目指し、書のこと、ひいてはその背景にあるあらゆる種族を、世界を繋いでいくことになります。
 同作は「本」を中心に展開する正に読む冒険譚。圧倒的な画力で魅せる異世界ビブリオファンタジーなのです。
 さぁ、あなたも是非、ページをめくった先に宝島を探しに行ってください!

▼ 作品情報 ▼

図書館の大魔術師

著者:泉光


(C)泉光 / 講談社